第14話 食事

「しょうがないわね……。無実の罪で監禁されてるわけでもないし……ね。でも、慰謝料ってもらえるのかしら?」

「それでしたら、依頼料という形でこちらをお持ちしました」

 会長が懐から、分厚い白い封筒を差し出す。

 中には現金が詰まっているのだろう。その厚さは二、三百万はありそうだ。

「わかりました。案内してもらえるんでしょうね?」

「もちろんです。ただ、条件がありまして……」

「はいはい。内緒にしてってんでしょ」

 封筒を受け取り、絵里奈はため息をつく。

「それもありますが、番組クルーは彼を無条件解放するのをためらっています。番組のリアリティが崩れてしまうのを恐れているからです。だから、ちょっと……なんというか、強引に連れ去っていただきたいといいますか……」

「強引に?」

「ええ、そうです。部屋は24時間、常に8個のカメラで録画、放送されています。途中で中休みを入れてしまうと視聴者の緊張感が途切れてしまうという配慮なので、中にいる人と打ち合わせはできないと思ってください。部屋の中で聞こえる話し声や音声はすべて視聴者に聞かれてしまいますので」

「……だからクルーを振り切って、彼を連れ出せってこと?」

「お願いします!」

 呆れたように言う絵里奈に、土下座をしている男が叫んだ。

「はぁ、わかりました。依頼料も戴いてしまいましたし、早速行きましょうか?どーせ、あの人も自分がどーなるかなんて全然心配してないんでしょうし?それに、もしかしたら私たちが探してくれるって思ってるかもしれないから、おとなしくしてるのかもしれないし……」

 ぶつぶつ言いながらも、少し楽しくなってきたのか、笑みがこぼれている。

「もう頭あげていいですよ。私たちはとりあえずもう怒ってないので」

「あ、ありがとうございます……」

 ほっとしたのか、安堵の表情で顔をあげた。

「憐、出かける準備して。荒っぽい事になるだろうから、アレを持っていくのよ」

「はーい。でも、できれば私だけに任せてほしいんだけどな~」

 憐が立ち上がり、つぶやきながら隣の部屋にひっこむ。

「では、出かける準備をいたしますので、少々こちらでお待ちください。目的地まで遠いですか?」

「三、四時間といったところでしょうか」

「わかりました」

 そう言って、絵里奈はすっと立ち上がり、自分も部屋に向かった。

「あ、そうそう」

 なにかを思い出したように立ち止まり、会長に振り向く。

「第一回目の、WEB公開裁判に参加させられた二人の処遇ってご存知ですか?」

「確か、二人とも警察に無傷でクルーが送ったと言う報告がありましたが……それが?」

「いえ、わかりました。ありがとうございます」

 絵里奈はそれだけ言うと、再び歩きだして部屋に入っていった。

 そして、内ポケットに入っているお札と携帯電話を取り出し、木下へ電話をかけた。

「……あ、もしもし。いまどこ?」

(どこって、駅のホームで電車待ってるけど)

 電話の後ろでは電車待ちの人たちがざわざわ言っているのが聞こえる。

「さっきの依頼、まだ相談してないと思うけど、引き受けてあげるわ。場合によってはタダにしてあげるから感謝しなさい。それだけだから」

(え、どういう……?)

 木下が聞き終わる前に、一方的に話しを止め、絵里奈は電話の電源を切る。

「さて、と……」

携帯電話をベットの上に置くと、絵里奈は模造品の双刀をじっとみつめた。


 タニアが部屋から連れ出されて、何時間が過ぎただろうか。

『食事の時間です』

 女性の声が、天井のスピーカーから部屋中に響き、白いフローリングの床の一部、円状になっている場所が機会音と共に開いて中からひとつのケースが現れた。

 五十嵐が真っ先に走り出し、中を確認する。

 どうやら食料が入っているらしい。スティック状の携帯食料が16本。おそらく一人四つなのだろう。そして、一リットルの水が入ったペットボトルがこれも人数分、四本入っていた。

「なんだ……? これが食事だと? こんなんで腹の足しになると思ってるのか? 馬鹿にするな!」

 机に並んでいる携帯食料を床に投げつけて叫んだ。

「他の人の分まで投げないでよ。まあ、確かにまともな料理を出してもらえると思ってはいなかったけど、それでもこれはひどいね。料理ですらない。逆に考えれば、ここにコックはいないし、出前すら頼めない場所、とも考えられる。もしかしたら番組のクルーたちもこれを食べてるかも」

 日下部が床に散らばられた携帯食料を拾って、田口と立花へ手渡しながら言う。

「おい! 聞こえてるのか!」

 五十嵐は再度、天井に向かって叫ぶ。

「はーい、はいはい、聞こえてますよっと」

 その光景をスタッフがコーヒーを飲みながら、監視モニターの前で笑いながら言った。

「こっちの声はそっちに聞こえないけどね」

 両足を机の上に置き、まだ開始から5時間も経っていないというのに監視に慣れたのか、緊張感も薄れ、もうすっかりとリラックスモードだ。もはや非常事態はおきないと安心しきっている。

「俺達でさえ出前はおろか、コンビニの弁当すら食えねーんだぞ。お前達は食えるだけ感謝してもらいてーな」

 4人に与えた携帯食料と同じものをむしゃむしゃかじりながらつぶやいた。

「ちっ!」

 騒ぎ疲れたのか、五十嵐は舌打ちをして床に落ちた携帯食料を拾う。

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