第13話 仰天

「その視聴率に調子にのった番組クルー達の中で、さらにエスカレートさせた番組を作りたいという意見がでまして……プロデューサーやら現場監督やら、副社長を筆頭に複数の役員まで参加する始末で。ネットを媒体とした放送を始めてしまいました」

説明の途中から興奮してきたのか、会長は汗をかいてきたようだ。持っていたハンカチで額をふく。

「……どんな番組か大きな声では言えませんが、従来の全国ネットで放送されているような犯罪者にモザイクをかけてインタビューだけするというスタイルではなく、複数の犯罪者を同じ部屋に入れて罪を暴き、犯罪者を裁判にかけてその模様を見せるスタイルのようです」

「もしかして……」

とてとて、と憐が隣の部屋に置いてきたノートパソコンを取ってくる。そして、さきほどまで見ていたでもムービーを二人に見せる。

「これですか?」

「それです!」

 指差しながら叫んだ。

「なるほど、それで? この番組に関しては少し私どもも調べてみようと先程決めた所ですが、あなた方はこの番組をどうしたいとおっしゃるのでしょう? 犯罪者相手とはいえ、このような非人道的な番組を日本最大の放送局が流していることがばれたら大問題ですからね。止めさせたいという依頼でしょうか?」

 それなら放送局の拠点さえわかれば、彼女たちにもできない事ではない。

 元々、この事務所に来る依頼の半数以上は荒っぽい、ブラックよりのグレーな依頼ばかりだ。

「いえ、今回お願いしたい事は少し違います……それがですね……」

 お世辞にも、嘘をつく事に慣れているとは言えない態度で、会長はさらにしどろもどろになる。

「私も確かに公開処刑のような非人道的番組はいかがなものかと思います。ただ、初回の視聴率と利潤が無料放送と比べ物にならない数字が出たのも事実でして……」

「なるほど」

 絵里奈が少し眼を細めて言った。

「こんなスリリングな番組は刺激に飢えている視聴者には大喜びでしょう?」

 機嫌を悪くしたと思った会長はあわてて取り繕うように首をふりながら声を荒げた。

「いえ! そんなことはないんです。私としてもその番組はまずいと思ってまして!」

 大きな声を出して少し喉を痛めたのか、コーヒーを一口すすってから会長は一息いれて話し出す。

「た、確かに夕日テレビとしては営利団体です。利潤は優先される。しかし、いくら何十という放送局を転々として放送するからバレないとはいえ、この事が公になれば社の道理的信用が失われます。私はこの番組を封印したいと考えております」

「そうですか。それで、私どもにどういったご依頼で?」

「……今日、第二回目の放送がされていますが……その様子ですと、まだ観ていないようですね?」

「ええ。知ったのはつい先程ですので」

「そうですか……」

 さらに言い出しづらくなったように、しきりに額をハンカチで押さえている。

「会長、そこからは私が」

 つきそいの男性が、困っている会長の助け舟を出すように切り出した。

「美崎さん」

 真剣な表情で、絵里奈をじっと見つめる。さすがの彼女も、何の話を切り出されるのかわからず、一瞬たじろいだ。

「な、なんですか?」

「これからお話することはおそらく、貴女の気を悪くされるかと思いますが、番組制作局一同全員が猛省いたしますのでどうかお許しください」

 深々と頭を下げて話を続ける。

「我々のデーターベースには、記者クラブ以外の捜査チームが殺人犯や窃盗犯を追いかけた、複数の犯罪者の記録が大量に存在します。このWEB放送で使用した番組クルーも副社長が絡んでいることからこのデーターベースを利用したと思われます。その中にですね、こちらの所長さんの写真があったようでして……」

 そこで話を区切り、ちょっとお待ちくださいね。と断って、懐からスマートフォンを取り出し、話題になっている『実況中継48時』にアクセスして絵里奈と憐に見せる。

「「あ!」」

 リアルタイムで放送されている動画を観て、二人が驚きの声をあげた。

 そこには、この事務所の所長である日下部が映っていた。

「今回の人選は、副社長が最終確認したようなのですが……どうやらクルー達が写真を間違えたようでして。こうして急遽、お詫びに伺った次第です」

「…………」

 睨み付けたいのを我慢しているような表情で、憐は会長とつきそいの男性を見比べる。

 一方、絵里奈の方はむしろ、呆れたような表情でスマートフォンの画面を観ている。

「……なるほど。用件をようやく理解しました」

「我々の調べですと、彼の罪状は殺人です。それも、ひとりやふたりではない。そして、とてもにわかには信じられない噂を聞くところによれば、彼は普通の殺人者ではない」

「そうですね。彼が本気になれば、この小さな部屋から出るだけではなく、番組クルーも全員殺せるでしょう」

「そこです!」

 男は叫び、ソファーから勢いよく立ち上がると、その場に土下座をした。

「どうか! どうか、彼を怒らせる前に、お引きとっていただけませんでしょうか? あの方を徴収したのは、完全に手違いでして、この番組に参加させるつもりは一切なかったのです」

「ん~、わざとじゃないなら私はいいよ。ダーリンを迎えに行けばいいんでしょ。どこにいるかわかってよかったし」

 憐が男を慰めるように、絵里奈の顔を見ながら言った。

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