第12話 来客
「申し訳ありませんが、所長は不在でして……は?あ、美崎の名前は二名いまして……あ、はい。では少々おまちください」
珍しく、憐が首をひねりながら保留ボタンを押して受話器を横に置いた。
「どうしたの?」
「えーっと……んーっと、ちょっとよくわからないんだけど、夕日テレビからだって。谷口さんっていうおじいちゃんっぽかったんだけど、『折り入ってお願いがあるから美崎さんはいるか?』って。代表の方って言ってたし、これはお姉ちゃんにだよね?」
「おりいった話?」
絵里奈が聞き返す。
夕日テレビとは、日本全国で放送されている大手の放送局だ。
なにかしら、とつぶやいて絵里奈は受話器を受け取り、保留を解除する。
「もしもし、お電話代わりました。代表の美崎絵里奈と申します。どのようなご用件でしょうか?」
(……実は、大変申し上げにくいお願い事がございまして……)
声の主は確かに初老を感じさせる男性の声だった。
(申し送れました。私、夕日テレビの会長をしております谷口と申しまして。美咲さんにご相談したい事がありまして、お時間を頂けませんでしょうか?ある意味緊急事態でして。事務所のすぐそこまで来ていますのでいまお時間がございましたら、どうかお話聞いていただけませんでしょうか)
確かに、声こそは冷静だったが、どことなく切羽詰っているような有無を言わさない雰囲気だった。
「わかりました。それではお待ちしております」
それだけ告げると、向こうもわかりました。それじゃあ、と答えて電話を切る。
「お客さん来るの?」
「そうよ。なんだかわからないけど。偉い人みたいよ」
私たちは全然そんなこと気にしないけどね。と言いながら、絵里奈はテーブルの上を片付けだす。
「コーヒーいれようか?」
「もうすぐ来るみたいよ」
憐がキッチンに小走りで向かって、やかんに水を入れてお湯を沸かす。
「インスタントなんて飲まないだろうけどね。形だけ形だけっ」
なにが愉しいのか、わくわくしたように笑いながら憐がぱたぱたとコーヒーを入れる準備をする。
「あ、お姉ちゃん~、さっき木下さんに出したお茶、あれ、わざとでしょー?こんなにおちゃっぱ入れて~!」
急須には山盛りの茶葉が残っていた。
これでは次に入れたお茶も相当濃いだろうことが予想される。
「好きな人に意地悪をしたいきもち……痛っ」
せかせかとマグカップを茶箪笥から取り出していた憐に、絵里奈がお盆で頭をはたいた。
「彼とはできれば会いたくなかったの。だから……もうそんな気持ちはないの。わかってね?」
「は、はい」
本気で怒っているのを理解した憐は脅えながら、何度もうなずいた。
ここで「でも……」とか、「そんなこと言っちゃって~」とか言おうものなら、確実に絵里奈は憐のほっぺたをこねくりまわすだろう。
幼少の頃から彼女の癖を知っている憐は、ほっぺたを抑えながら二度とこの話題はするまいと決心した。
ピンポーン
「あ、はーい」
逃げるようにして燐は玄関へ迎えに行った。
「……突然のことで申し訳ありません」
玄関のドアを開けると、電話をしてきたと思われる初老の男性と、つきそいの若い男性が立っていた。
「いえいえ、仕事のご依頼は大歓迎ですよ。どうぞ。おあがりください」
憐の案内で二人を先程木下が座っていたソファーに座らせる。
「私が代表の美崎絵里奈です」
木下への態度から一変、まともな対応で名刺を渡す。
「これはご丁寧に。夕日テレビ会長、谷口です。よろしくお願いします」
名刺を受け取り、もうひとりのつきそいの方とも名刺を交換する。
「……それで、どういったご用件でしょう?」
「その事なのですが」
しどろもどろと切り出そうとした時、憐が台所からコーヒーを持ってきた。
「こちらの不手際でして、大変申しあげにくいのですが……。貴女方は報道について、最近話題になった『報道局による逮捕権』についてはご存知でしょうか?」
「……犯罪に関する報道番組を作る全国ネットで放送している局に、番組制作中や放送中に犯罪者を見つけたら逮捕することができる、というアレですか?」
ついさっきまで木下とこの話題で話していたので、なにやら変な気持ちで絵里奈が夕日テレビ会長の問いに答える。
「そうです。大手の放送局にだけ、責任の処遇などしっかりと対応するという条件で犯罪者を逮捕、独占報道できる権利です」
神妙な面持ちで会長がうなずいた。
「当社でも、その権利を得れば放送の枠が広がる、と思いまして、我先にと申請しました。つい二ヶ月前に受理されたのですが……最初はつつましく、地道な調査で見つけた盗犯やインサイダー取引を逮捕する現場を録画放送していたのですが……」
「あ、その番組見たことあります。『代理警察24時』ですよね」
憐が横から口を挟んだ。すると、会長は少し喜んだ顔で燐を見る。
「そうそう。見てもらえましたか。ありがとうございます。結構視聴率よかったんですよ。ご相談とはそのことでして」
本当に困った顔で絵里奈と憐を交互に見ながら続けた。
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