第10話 依頼

「少々お待ちください」

 木下が座ると同時にそう言って、絵里奈は台所へ引っ込んだ。

 絞首台に立つというのはこういう気持ちなのかもしれない。

 不安のあまり、そんなことを考えていると、絵里奈はすぐに湯のみを盆の上に置いて持ってきた。

「粗茶ですが」

 そう言って、木下の前にお茶の入った湯のみを置く。

「えっと……?」

 それを見た木下は、困惑した表情で、満面の笑みで立っている絵里奈の顔を見上げた。

「どうかしましたか?」

 やはり、その瞳は笑っていない。睨みつけるかのように、細い眼で木下を見返す。

 どうもこうも。木下の目の前に置かれたお茶は、とても濁った緑色をしていた。

 誰の眼にも茶葉の入れすぎな事は明白で、飲まずともしぶいことがわかる。

 それはミスやドジのレベルではない。彼女はワザとやっていた。

 木下を見つめる彼女の視線は、「これを飲まなかったらどうなるかわかってるわよね?」と物語っていた。

 これは彼女の機嫌を損ねた罪だということを木下もようやく理解した。

 何故かまでは彼にはわからなかったが、このお茶とも呼べない泥水を飲まなければ難癖つけて話も聞かないつもりだろう。

 どうしたものかと少し考え、悩んだが、意を決したようにその濁り茶に口をつけた。

 やはり苦いのか、木下が苦渋に満ちた表情をする。

 それを見た絵里奈も少し溜飲が下がったのか、満面の笑みのままソファーに座った。

「……依頼の話だけど、このパソコン貸してもらっていいかな、ぐほっ……」

 むせながら、木下は憐が開いていたノートパソコンを持ち上げて聞く。

「いいよ。どうするの?」

 木下の向かい、絵里奈の横に燐が座りながら聞いた。

「ちょっと……ね。あるサイトに、っと……ここのサイトから飛んで……」

 燐の問いに、木下はぶつぶつとつぶやきながら、色々なサイトを開いていく。

「会社の上司から……っと、相談をうけてさ……調べていくうちに、ちょっとヤバそうな話かなーと思ったから、相談に乗ってもらおう……って、おっし、ここだ」

 隠しリンクを何度もクリックして、ようやくお目当てのサイトが開いたようだ。

 トップ画像が完全に開くまでの間に、懐から定期ケースを取り出して中から一枚の写真を二人に見せる。

 写真には、清楚な中学生くらいの学生服を着た女性が立っていた。

 憐が興味深い表情で写真に顔を近づけ、じーっと見つめてからふと聞いてきた。

「彼女さん?」

「違うよっ!」

 木下はあわてて否定する。

 今年二十七歳になる木下が中学生とつきあっていたら犯罪だ。

「これは五年前の写真。今はすっかりとグレてしまい、写真からものすごいかけ離れた格好になってるようだ」

 言いながら、もう一枚の写真を見せる。

「これが現在の写真」

 髪の毛は女性なら誰もが染めるような金色とも茶色ともわからない脱色した色、顔はつけまつげやらファンデーションやらで人相まで変わってしまっている。

「同じようにチャラチャラした男と一緒にかけおちしてしまったようで、この子の親である僕の上司はずいぶん心配していてね……」

「だから、貴方が調べようとしたら自分の手にあまりそうだったから代わりに私達に依頼を頼もうと?まさか、自腹ではないんでしょう?」

 人のために身銭をきるという事が嫌いな彼が、たとえ上司のためとはいえそこまでするとは思えなかった。

 そもそも、出世にも興味はないはずだ。

 心から気の毒だと思っての行動半分、損得半分。彼の行動を絵里奈はこう読んでいた。

「料金を聞いてから、値段次第では上司と相談……します……」

 絵里奈に嘘をついたらどうなるかわからないという恐怖で、木下はしどろもどろになって答えた。

「すっごい納得。いくら割り増しして請求するつもりかしら」

「そんなことしないよ」

「これ……なに?」

 パソコンを見ていた燐が、会話の途中で疑問の声をあげた。

 ようやくダウンロードが終わり、サイトが開いたのか画面に映像が流れ出した。

 背景も英語なので、最初絵里奈と憐は外国のサイトかと思った。

「日本の放送局が運営しているサイトだよ。音量は……ここ。それから、ここをの過去デモムービーってのをクリックして」

 木下が画面の左上を指差しながら言う。

 燐がパソコンに繋がっているイヤホンをはずすと、音声が部屋中に鳴り響いた。


<皆さん、こんにちわ。ニュース『犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時!』の時間が始まりました!前回の放送を観た方はご存知ですが、前回と同様、この部屋には犯罪を犯した容疑者が逮捕、監禁されています。ここには弁護士はいません。犯人が自分で弁護し、貴方がたに判決してもらうのを待っております。そう、彼らの罪は貴方がたが決めるのです!>


「……なによ。これ」

 絵里奈が呆れたような、驚いたようなため息をつきながら言った。

映像の下には、日本語、英語を筆頭に十カ国ほどの翻訳された説明文が添えられていた。


『空前絶後、前代未聞のネットによる公開裁判!貴方しか知らない、極秘の裁判です!』

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