第4話 相談

 五十嵐がからかうように、日下部に声をかけた。

 すると、日下部はくるり、と振り返り、照れたように頭をかく。

「いや、すいません。僕をここに連れてきた理由がわかったんで、笑っちゃったんです」

「は?」

 どこに笑う要素があったのか、わからないというように聞き返す。

「いやいや、多分、僕は間違えて連れてこられたんでしょうね。有無を言わさず付いてきてって言われる事よくあるんで、今回もとりあえず黙ってついてきたんですが……司会者が言ってたのを聞いてびっくりですよ」

「はあ、じゃあ、アンタはなんの罪も犯してないのに、ここに無理やりつれてこられたってこと?」

「はっはっは」

 口をあけて笑いながら、手を左右に振る。

「逆ですよ」

「逆?」

 田口が聞き返した。

「彼らもまさか二度目の放送で、竜の尾を踏むとはね。指示系統でミスがあったのかな?今頃、番組の上層部ではあわてているでしょうね。自分達の手にあまる存在を中枢部に入れてしまったのだから。気づかない振りして静観を決めるか、それとも機嫌をとりに来るか。まー、どちらにしても様子を見ますよ」

 それだけ言うと、日下部は壁に寄りかかって座りこんだ。

「おい、何わけわからないこと言ってんだよ。ここから抜け出す方法知ってるのか?」

 五十嵐がつかつかと近づき、座っている日下部の肩を掴み、立ち上がらせる。

「おちついて、コレ、映ってますよ」

「うるせえ!一人だけ納得しやがって!この状況を説明しろ!」

 もうそろそろ不安が爆発しそうだ。肩を揺さぶりながら怒鳴りちらす。

「……本当に?僕の予想ですよ?多分合ってるけど。それに、話したところでどーにもならない……」

「いいから早く言え!」

 相手を弱いと思っているのか、五十嵐は強気の口調で説明を要求する。

 日下部は、諦めたように、やれやれわかりましたよという表情をしながら、ひそひそ声で話しだした。

「まあ、だいたいはそこの田口さん?の言っていた通りですよ。さっきも映像で司会者が言っていたけど、オレ達のように日陰でしか生きられないような人間を集めて、その様子をネットで公開。誰がどんな罪を犯したかを暴露して、視聴者に各人その罪の重さを判断してもらって、番組側が罰ゲームならぬ刑罰を与えて楽しむ……そんなところでしょう?」

 それこそ、番組のタイトルのように48時間まるまる拘束してね、と続ける。

「じゃあ、なんでお前はさっき笑ったんだよ!」

「理由を言ってもあなたは納得しないと思うけど……まあ、さっきも言ったけど、僕は番組側のミスで連れてこられたから」

 じっと、五十嵐の瞳をみつめて答える。

「なんでそれがわかるんだよ?」

「番組制作の一環としてあなた達は無理やり連れてこられた。局が逮捕の権利を最大限に利用してね。司会者も僕達の事を゛出演者゛って言ってたでしょ?でも、これはひとつ問題がある。逮捕権があろうと、所詮、局は局。警察でも自衛隊でもない。『ペンは剣より強し』とはいっても、単純な戦力としてはあまりにも心もとない。奴らは視聴者に罪状と顔を暴露したい。でも、その報復は恐ろしい。ゆえに、ここに連れてこられるのは……わかるでしょ?大企業のバックにいるような大規模なヤクザとか政界のドンとか大物は避けてる、ハズ。だよね?ここからが僕の予想なんだけど」

 日下部の言っていることを理解できているのか、五十嵐は黙って話を聞いている。

「大物の悪事を暴露できれば、番組としては正義の放送とアピールできる大チャンスだけど、リスクが高すぎる。上層部全員の首が物理的に飛びかねない。僕がさっき笑ったのはそこなんだ。僕を逮捕して暴露する事はリスクが高すぎるから、『逮捕者リストを渡す時にミスをしたんだな』って笑ったんだ」

「じゃあ、なんだ?お前はヤクザの幹部か何かだってのか?」

「そんなんじゃないですけど……」

 五十嵐がからかうような笑みで言うと、日下部も苦笑気味につぶやく。

「まあ、オレはここで顔を公開されても、それほど気にしませんけどね。どうせどこにでもいるような顔だし。ただ、関係者は殺すけど」

 

 ぞわっ、


 つぶやいた日下部の表情に、五十嵐は背筋に寒気が走って、つい、手を離してしまった。

「なんてね。……と、言うわけで、しばらく様子を見ようかなって。長くても48時間以内にはどうなるかわかりますし」

 服を直しながら、日下部は心配とか不安とか一切ない笑みで答えた。

「…………」

 五十嵐はそれ以上に何も言わず、日下部に背を向けて歩き出した。

「だめだ、なに言ってんのかわからねえ。ここから抜け出す方法を思いついたわけじゃないみたいだ」

「私達、これからどうなっちゃうのかしら……」

 立花が床をみつめながら、途方にくれたような声をだす。

「とりあえず、様子を見よう」

 田口がそう言った。

「おそらく、時間がくれば向こうから反応があるはずだ。俺達の罪を暴露するとか。その時に反論するとか、視聴者の同情を誘うとか何か手はあるはずだ。いまみたいに何をしても状況が変わらない状態で、動くのは得策じゃない」

「いっそ、ストライキするとかどうだ?俺達がなーんもしなければ見ているやつらも飽きるだろ」

 しかし、田口は首を振る。

「だめだ。前回の放送でも、出演者の二人が最初は協力してストライキをしたんだが、番組側がそうさせないために操作された。彼氏の浮気現場の写真を見せて喧嘩させたり、どちらかを助けると言ったりして動揺を誘った。そして、結局は失敗した」

「でも、俺達は元々繋がりがない。動揺を誘うネタはないはずだ」

「あるだろ?囚人のジレンマが。繋がりがないからこそ、急場の信頼関係じゃ奴らの甘い誘いに乗る奴が絶対出る」


 <囚人のジレンマ>


 お互いが協力する方が、協力しないよりもいい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得るという状況では、互いに協力しなくなる、というジレンマである。


 断言する田口に、五十嵐も納得したように黙り込んだ。

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