第2話 監禁
「最初のデータとはいえ、これでは次回も期待できんぞ。予想の半分だ」
ばんっ、と報告書を机に放り投げて、室長は叱った。
「次はもっと複雑な……そうだな、中にひとりふたり死刑になりそうな凶悪犯を入れろ。死刑執行の映像を見せれば視聴者も大興奮するだろう」
笑いながら、白い封筒から次の容疑者リストをつくるために顔写真を取り出して、見比べて言う。
口ではきついことを言っていても、室長も番組を自分で観てみたら思いのほか興奮したようだ。
そういう意味では最初の実験は成功と言える。
「そうだな。五人もいれば48時間くらいどうにかなるだろう。次は有料会員百万を越えるようにしろ。この五人でいい、さっそく番組の台本を作り、例の部屋に閉じこめとけ」
「わかりました」
ディレクターはゆっくり椅子から立ち上がり、写真を受け取りながらうなずいた。
「24時間単位で収入が変わってくるんだ。いかに馬鹿な視聴者を喜ばせるか、それを考えろ。せいぜい犯罪者をいたぶり、他人の不幸という蜜の味を味わせてやれ」
喉を震わせ、笑いながら言った。
24時間視聴権で三万円。
それが次の放送を観る価格だった。
前回の有罪判決の後、次回放送の予告をしたら、予約が殺到した。
三万円という大金なのに。
どれだけ大衆が刺激に飢えているのか。
他人の人権やプライバシーなど、紙より軽いというわけだ。
「不景気の正体などこんなもんだ。皆が金を使わないから流通が減り、循環が悪くなる。しかし、皆が皆、金がないから使えないのではない。金があっても使わない小金持ちが多くなったのが問題だ。刺激を与え、金を使わせ、我々、強いては日本全体も潤う。いいアイディアじゃないか。これがうまくいったらボーナスは楽しみにしてていいぞ」
「……ありがとうございます。おい、こいつらだ。この写真の五人を集めろ」
容疑者を逮捕するために雇われた屈強の男達を手招きして、写真を渡す。
「わかりましたっ」
体育会系の男達は、足並みをそろえ、敬礼をして部屋を出て行った。
「お前もいけ、次の放送楽しみにしているぞ」
「はい」
こうして、翌週、第二回目の『犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時!』が始まった。
容疑者五人が一同、同じ部屋に集められていた。
いきなり、有無を言わさず強引に。
当然ながら、容疑者達は他の人はおろか、自分がなぜここに連れてこられたかさえわからなかった。
「拉致なの?誘拐なの?」
誰かが言った。
「……んっ」
その声でまたひとり、部屋の隅で寝ていた男性が目を覚ました。
「……え、ここは……どこ……お前達はなんだ?」
あわてる男に、一人の女性が近づいてなだめる。
「おちついて、私達も誘拐されたの」
「誘拐だと!」
目を覚ました男が立ち上がり、必死の形相で部屋全体を見渡す。
部屋には男が二人、女が二人。どうやら部屋にいるのは自分を入れて合計五人のようだ。
広さはバスケットコート半面くらいだろうか。
長方形の形をしている。天井は五メートル程だろうか。一般の家やマンションに比べたら高い。
四方が銀色のタイルで覆われていた。光が反射し、自分の姿が見える。
あまりにも殺風景な、がらんとしている部屋は牢屋を連想させる。
当然、ドアなどついているはずもなく、壁、壁、壁、壁。
壁際に立っている男は身長百九十センチくらいだろうか、筋肉隆々の腕を組みながら銀色の壁をじっとにらみつけていた。
天井を寝転んで見ているのは黒人。女性だろうか、年齢は四十歳くらいのおばさんだった。
疲れたように、ぼーっと白い天井を見つめていた。
最後の男性は、どことなく特徴のない、普通のサラリーマン風のメガネをかけた男性だった。
こんな状況でもあせらず、暇そうにメガネのレンズを服の裾で拭いていた。
「大丈夫?」
ロングヘアーのまだ若い、大学生くらいだろうか。美人な女性が声をかけてくれた。
「…………」
「あ、これ?」
一瞬、なんて返事したらいいか悩んでいたら、彼女は、青と白のストライプの衣装を指差しながら聞く。
「この服はシャワーをあびたらくれたわ。私、橘亜里沙っていいます。ネットアイドルしてるの。よろしくね」
「シャワー?許すのか?誘拐犯……が?」
彼女の髪の毛を見ると、確かに濡れていた。
「ええ、どうやら普通の誘拐じゃないみたい。特に身代金を要求しているようにもみえないし……」
「え、まさか……」
何かに気づいたのか、男の顔色が変わった。
「まさか?なんだと、この状況がわかったのか?何か知ってるのか?」
壁に寄りかかっていた男が、そのつぶやきを聞き、近づいてきた。
「あ、いや……」
「言え!なんだここは!?」
「やめて!」
口ごもる男に、長身の男が力づくで聞き出そうと、胸元を締め付ける。
もしかしたら、平然そうにみえて一番内心では動揺しているのかもしれない。
「……こ、これはあくまでも『もしかしたら』という予想でしかない。でも、多分、多分だが、ほぼ間違いはないと思う。ここはTV局だ……」
「は?TVだと?」
「TV局じゃないかもしれない。だが、番組を作る部屋だと思う。そして、出演者は僕らだ」
「……どういうこと?」
横で聞いていた亜里沙が身を乗り出し、口をはさむ。
「ネットTVの番組だ。これと同じような内容の番組を観たことがある。『犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時!』という番組だ。ネットのみの放送で、先週やっていた……生放送で、犯罪者達を同じ部屋に集めて視聴者に僕らの罪を一方的な情報を与え、それからこの部屋の模様を放送し、その態度次第で視聴者が勝手に出演者である僕達の裁判をする。有罪投票が視聴者の半数を超えたら次はどんな刑にするかを検討され、最終的に番組内で刑まで執行する。そんな内容だった……」
「そんなひどいことをTVがするわけ……」
「するんだ。ニュースでも言っていたろ?大手のマスコミが犯罪者と思われる人間を逮捕する権利を与えられた……と。それより、容疑者として集められた点については心当たりはないか?」
「「…………」」
二人が黙った。
沈黙は肯定になる。
集められた理由を理解した時、派手な音楽と共に、壁に埋め込まれていた液晶テレビから映像が流れだした。
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