四章

 次の日、学校に向かい、教室のドアの前でゆり様が立ち止まる。



「ほ、本当に大丈夫かなぁ?」


「大丈夫ですよ! 私は昨日のこともあるのでフードに隠れてますが、何かあったらサポートしますので!」


「……うん!」



 ゆり様は意を決したように扉に手をかけて、開いた。



「お、おはよう……」



 答える人はいない。おそらく、聞こえていないのだろう。ゆり様は不安そうに言う。



「や、やっぱり無理だよ」


「大丈夫です! もっと大きな声で!」


「……っ、おはよう!」



 すると、それに気づいた何人かがゆり様を見る。



「おはようゆりちゃん」


「おはよー」


「お、おはよう!」



 ただ挨拶を交わしただけ。それなのに、とても嬉しそうなゆり様の声に、こちらも嬉しくなってしまう。すると、挨拶を返した一人が話しかけてくる。



「あっ、そうだゆりちゃん! 昨日のテレビ見た? ほら、クイズやってたじゃん!」


「あ、うん、見たよ! お笑いチャンピオンの人が出てたやつだよね?」


「そうそう! もうこいつったらさ、あんなに面白いの見てないって言ってさー」



 ……やっぱり、心配するほどでもなかったようだ。その二人……未菜さんと藍さんと、ゆり様は驚くほどすぐに打ち解けた。今まで一人でいたのが、むしろ不思議で仕方なかった。元々気遣いや会話は上手なゆり様だ。少し話せてしまえば、あとは楽なもんだった。



「あ、チャイム鳴っちゃう。またあとでね!」


「うん! あとでね!」



 席に戻ったあと、ゆり様は周りを見渡して、俺をそっと手のひらの上に乗せた。



「……見てた? ルアン」


「えぇ、見てましたよ」


「聞いてた?!」


「えぇ、ずっと聞いていました」


「私……初めてクラスの子と話せたよ! すごいよ……すごいよ! 初めてだよ!? 初めて話せたよ!」


「えぇ、とてもいいことです! ゆり様ならきっと、みなさんとお友だちになれますよ!」


「……うん!」



 昨日、俺の話を聞いたこともあってか、ゆり様は、昨日までよりは人を恐れていないように感じた。人と違う。それは、とても、怖いことだ。しかし、一歩踏み出してしまえば、意外とみんな一緒だったりするのだ。



「ねね、ルアン。私、一人じゃなくなるかな?」


「はい! 絶対に大丈夫です!」


「手伝ってくれるよね?」


「もちろんです!」



 ……姫様も、きっと、一人でなくなることなど簡単に出来たはずなのだ。しかし、あの人は、一人を選んでいた。俺以外に頼る人がいないだなんて、そんなわけないのだ。



「…………ルアン、」


「はい?」


「私さ……ルアンにいっぱい手伝ってもらうね」


「えぇ……?」


「だから、私も、お姫様探すの、手伝うね」


「…………」


「だってほら、私の方がおっきいし、動けるし、目もいいんだよ! 両方1.5なんだ!」



 ゆり様は、きっとエスパーだかなんかだったのだろう。俺は否定するのも見透かされそうで、素直に答えた。



「――はい」



 やはり、ゆり様と姫様はよく似ている。未菜さんと藍さんは、とてもいい方々だった。授業後の昼休みでも、ゆり様はお二人と楽しそうに会話していた。帰りも、途中までは三人で歩いていた。昨日の、俺だけと帰っていたのが嘘のようだった。そんな「普通」が、輝いて見えたのだ。



「じゃあね、ゆりちゃん!」


「じゃあね!」


「うん! 二人とも、またね!」



 ゆり様は二人に手を振ると、俺にまた話しかける。



「えへへ……ルアンのお陰で、二人も友達出来ちゃった!」


「私の力ではありませんよ。ゆり様の努力の証です!」


「っていうわけで、」


「はい?」


「今からお姫様を探しに行きます!」


「……え?」


「え? ダメ?」


「いや、ダメじゃありません。全然ダメじゃありませんけど……どこを探すおつもりですか? 私も、気がついたらその……ネコ、に襲われていたわけで、どこからどういう風にここに来たのか……」


「ふっふっふ……そーれーはー」


「そーれーはー?」


「……勘!」


「は? え? はぁ?! か、勘ですか?!」


「そう、勘」


「か、勘で見つかりますかねぇ……?」


「見つかるよ! ……多分」


「きっと?」


「もーしかーしてー!」


「…………あの、随分と不確かなんですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫! よし、レッツゴー!」


「えええええええ!?」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 ……不安しかない。いや逆に、これを不安を持たずにいられるかって言うことだ。おかしいだろ、どう考えても。いや、気持ちはとても嬉しい。それには違いないのだ。しかし……勘で、となるとどうも心配だ。



「んー、分かんないけど、商店街の方行ってみよっか!」


「商店街といいますと、人通りが多いのですか?」


「まぁ、元々あんまり人がいない場所だからそれなりにね。でも、普通のとこよりはいっぱいいるよ!」



 商店街は、なんというか……まぁまぁの活気だった。そこそこ店があって、そこそこ人がいる感じだ。ゆり様はキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていたが、彼女と同じ顔をした少女はいない。何となく期待していた節もあったから、どことなく落胆する。



「うーん、いないねぇ……」


「そうですね……」


「運悪いのかな?」


「そう、ですね……」


「…………よし! じゃあ、運勢アップに行くよ!」


「運勢アップ?」


「そうそう!」



 ゆり様が俺を抱えて向かったのは、商店街を少し外れたところにある公園だった。地面に程近いところに、白い花が咲いていて、なんだか、のどかでとても落ち着く。



「これ! このお花ね、確かシロツメクサっていうんだけど、葉っぱが三枚ついてるの! でも、たまーにね? 葉っぱが四枚ついてるのがあって、それ持ってると運気があがるんだって! だからさ、一緒に探そう!」


「つまり、四つ葉を探せばいいのですね? お任せください! 私もこの中に潜り込んで探してまいります!」


「私とルアンで二枚、見つけられたらいいね!」


「そうですね!」


「じゃあ……よーい、はじめ!」



 がさがさと草花の中に潜り込む。四つ葉……四つ葉……だめだ! どれもこれも三つ葉ばっかりだ! どうして見つからない! それだけ希少なものなのか? それとも、俺の運が悪いからなのか!?



「ルアーン……あったー?」


「全然見つからないです……ゆり様は見つかりましたか?」


「ううん……」



 ……俺のが見つからないのはともかくとして、ゆり様の分たけでも見つけてあげたい……。と、そのとき足元にあった茎に足をとられてずっこけてしまった。



「ぬぁっ!」


「ルアン?!」



 崩れるようにして転び、その反動でまた別の茎を握りしめる。自分の体重で、茎が曲がり、その葉が目の前に見えた。



「…………あれ?」



 左手にしっかりと茎を握りしめたまま、右手で目をごしごしを擦る。一……二……三…………四…………。



(……四つ葉だ!)



「ゆりさ」


「ルアン! 見てみて!」



 俺がゆり様を呼ぶのとほぼ同時にゆり様も俺を呼んだ。その手には俺のと同じ、四つ葉が握られていた。



「見つけたよ! 四つ葉!」


「おぉ! 実は、私も見つけたんです! っと……これです!」


「わぁー! やったね!」


「はい! やりました!」


「…………」


「ゆり様?」



 ゆり様は自分の四つ葉をじっと見つめると、にっこりと微笑んで俺に差し出した。



「これ、私のもルアンにあげる!」


「え? そんな、せっかくゆり様が見つけたものじゃないですか。ご自分で大切にした方が」


「いーの! 私はルアンがいてくれるお陰で幸せになれてるから! だから、ルアンにも幸せになってほしいの!」


「…………」



 ……ゆり様は、何をおっしゃっているのか。俺の方こそ、知らない世界で途方にくれていたら、助けてくれて、なんの穢れもない笑顔を向けてくれて、それだけで幸せになれるというのに……。



「……なら、その四つ葉はいただきます」


「うん!」


「その代わり……私の四つ葉はゆり様に差し上げます」


「え?」


「私だって、もっともっと、ゆり様に幸せになってもらいたいのですよ」


「……そっか。じゃ、これは貰うね」



 ゆり様の手が、俺と四つ葉を包み込む。その手があたたかく、心地よくて、なんだか、とても幸せだった。公園を出て、商店街に戻り、家への帰り道をゆり様と行く。



「あ! ほら見て! 夕焼けきれいだよ!」



 ゆり様が指差した方を見ると、真っ赤に染まった町並みが、爛々と輝いていた。その上に、明るく一番星が、これもまた、輝いているのだった。



「……あのさ、昨日、お姫様のお話ししてくれて、ありがとうね」


「え?」


「多分、思い出しちゃったりするだろうなって思ってたんだけど……ルアンのこと、もっと知りたかったから。ごめんね」


「……いいえ、いいんですよ。ゆり様も、話してくれたじゃないですか」


「……えへへ」



 ……姫様、どこかで生きていらっしゃるのならば、見ていてください。

 私は必ず、あなたを見つけ出して見せますから。

 そんな想いを胸に、拳を強く握りしめた。今の俺は、なにもできない。前よりも、なにもできなくなってしまった。それでも……。



「ルアン! 一緒に頑張ろうね! 二人でちゃんと幸せになろっ!」



 剣も握れなければ、鎧を纏うことすらも出来ないこの身体。それでも、この身をなげうってゆり様を守る覚悟くらいは、こんな俺でも持ち合わせている。

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