明確な変化
それから二人は、なんとなく一緒に過ごす時間が多くなった。放課後もそうだが学園でも同じで、クロニカが友人たちと一緒にいない時は、ジュリウスがいるようになった。
同学年ではないから過ごす時間は限られているが、他人から見てもそれは明らかだった。
いつの間にか、二人は犬猿の仲だと言う者がいなくなった。
それでも二人は、この関係に名前を付けなかった。相手が名付けなかったら、こちらも付けない。はっきりとしてそうで曖昧な関係は続く。
二人の関係が明確になったのは、翌年の事だった。
裏庭の花畑でいつもように作業をしていると、いつものようにジュリウスがやって来た。
この頃はクロニカが作業をする傍ら、ジュリウスは読書をするというのが普通になっていた。
不機嫌そうに眉を顰め、ドカッと定位置の木の根元に座り込むジュリウスに、クロニカは首を傾げながら声をかける。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「どうにもこうにも、後輩が煩い」
「もしかして、金魚の糞のことか?」
ジュリウスがぷっと吹き出す。
「金魚の糞……なるほど。しっくり来る呼び名だな」
金魚の糞のこと、スティーブン・タティス。今年入学した男子生徒だ。彼はジュリウスを心酔しているらしく、ジュリウスに付き纏っているのを見かけたことがある。
金魚の糞、という呼び名が少しツボに入ったのか、くすくすと笑い続ける。
「で、金魚の糞君がどう煩いって?」
「近寄るな、と言っているのに近寄ってくるし、僕に近寄る人を牽制する」
「牽制するのは別にいいんじゃね? お前、人付き合い嫌いだし」
「あれに付き纏われるんなら、複数人に付き纏われたほうがマシだ」
「そんなに嫌か」
「頼んでいないのに、パンとか買ってくるし。本とか持ってくるし。ここに来るのに撒くのも疲れる」
「なに、自ら進んで下僕をしているのか?」
変わった奴、と口の中で呟く。
「氷の貴公子は大変だな」
「お前もな。若き赤獅子」
「は? なにそれ?」
「一部の女子がお前のことをそう呼んでいたのを聞いた。多分、お前の剣術が優れている上にあの青獅子の子だからじゃない?」
クロニカの父は、英雄と呼ばれていた。父がまだ若い頃……クロニカが生まれるずっと前の事だ。反王政派の反乱が起こったらしい。反乱は各地で起こり、混乱を極めていたという。反王政派の首領は頭が切れていたらしく、貴族も騎士も踊らされていた。その首謀者の首を刈り取ったのが、クロニカの父だ。
青い髪に青い瞳。果敢に敵を攻める姿は獅子のようであったことから、『青獅子』と呼ばれるようになったらしい。
「話を戻すけど、お前、気を付けろよ」
「へ? なんで?」
「あれがお前の悪口を言っていた。何か言われても気にするな。構うな」
「なんだ? 隣に立つのに相応しくないとか、お前が迷惑しているとかか?」
「もう言われたのか?」
「あ、マジで言っているのか」
クロニカは笑い飛ばした。
「心配するなって。ぽっと出の奴の言葉に惑わせねぇよ。お前が迷惑だって思っているんなら、撒いてまでここに来るわけがねぇし」
「前半はともかく、後半は自惚れすぎ」
「ひでぇの」
軽く受け流す。それは自惚れではなく確信だった。ジュリウスは素直に認められずにいるが、クロニカは呆れながらもちゃんと理解していた。
それにしても感情豊かになったな、とジュリウスを一瞥する。
ジュリウスが、たまに笑うようになったのはいつからだろう。
変わったなぁ、と感嘆しながらクロニカは作業を再開した。
● ○ ● ○ ● ○ ●
タティスがクロニカの前に立ったのは、それから数日後の事だった。
人気の集まる中庭で男友達と喋っていると、それは現れた。
「クロニカ・マカニア! お前に物申す!」
「一応俺が先輩だから、先輩呼びと敬語を使わないとダメだぞー」
「マカニア先輩! お前に物申します!」
「言い換えたのはいいけど、お前呼びするなよ」
「う、うるさい! です!」
気の弱そうな奴だな、と思いながらクロニカはタティスを見下ろした。睨んではいないが、相手は怯んでいる。横にいる男友達は、はらはらとした面持ちで見守っていた。
「あ、青獅子の子供だとか赤獅子だとか知りませんけど、ジュ、ジュリウス先輩に纏わり付くのはいい加減にしてほしいです! ジュリウス先輩が迷惑しているのを自覚しろ! ください!」
「お前が言うなよ」
呆れながら言い返すと、タティスが、ムッキー! と地団駄を踏んだ。
「う、うるさい! ですよ! お前みたいな低能が、ジュリウス様に近付くんじゃない! ジュリウス様が馬鹿になったらどうするんですか!!」
「はぁ」
目の前で喚いている奴は馬鹿ではないだろうか。成績は良いかもしれないが、こんな一目があるところで、牽制したら目立つに決まっている。
もしこの後、自分が刺されたら、真っ先に疑われるのはタティスである。それに自分は公爵の娘で、たしかタティスは子爵の息子だ。リスクがある事に気付かないのだろうか。
「なんですか! その目は! 人を馬鹿にしてぇ!」
「人を馬鹿にしている奴に言われたくねぇ」
「ウキー!」
どうしよう。無視したい。クロニカは辟易した。
「用はそれだけか? じゃ、行くわ」
「っ待ちなさい!」
去ろうとして、呼び止められる。睨みつけると一瞬怯んだが、果敢に立ちはだかった。
「だいたい! アナタがジュリウス様に近寄ること自体間違っているんですよ!」
「って言われてもなぁ」
「そうなんですよ! 女であるアナタが女嫌いのジュリウス様に近寄らないでもらえます!?」
刹那、中庭に沈黙が流れる。
クロニカは呆気に取られた。
「は? なんでお前」
「しらばっくても無駄ですよ! 父に確認済です!」
勝利を確信したような、ドヤ顔にイラッとする。
「え? え? クロニカが女? 男で? 女?」
隣の男友達が狼狽している。
ごめんな、友よ。今はまず目の前の奴だ。
心の中で謝り、盛大に溜息をつく。
「あのなぁ~……そういう、ナイーブな内容はせめて人がいないところで言おうな?」
「認めるんですね?」
「いや、俺、自分が男だって言った事ねぇし。女とも言った事もねぇけど」
「あ、あれ? そうだったっけ?」
「お前はしばらく黙ってろ」
隣の男友達を制する。
「たしかに俺は女だけど、近寄らない理由にはならないだろ? アイツから来るし」
「どうでしょうね? アナタが女と知ったら、ジュリウス様がどんな反応するか」
「馬鹿馬鹿しい」
二人の間に入った声は、微かに怒気を孕ませていた。静かな空間に冷たい空気が流れる。
振り返ると、ジュリウスがいた。無表情だが、クロニカには分かった。タティスに対して、怒っていると。
「ジュ、ジュリウス様!?」
「あ、見てた?」
「目立ち過ぎ。そこの金魚の糞を構うなって言っただろ」
「金魚の糞って、ボクの事ですか!?」
「他に誰がいる」
ジュリウスがタティスを睥睨する。ヒッと短い悲鳴を上げたが、すぐに持ち直してクロニカを指した。
「それよりもジュリウス様!」
「名前で呼ぶな、虫唾が走る」
「すいません、セピール様!」
「様付けするな、むしろ呼ぶな」
「ボクにどうしろと!?」
二度と話しかけるなってことじゃないかな。心の中でつっこむ。
「それはおいといて! この人、女ですよ! 何普通に話しているんですか!?」
「いや、知っていたし」
「はぁ!?」
「それに」
目を細め、ジュリウスが小さく笑う。
「男だろうが女だろうが、クロニカは変わらない」
その場にいた者は、唖然とした。信じられないものを見る目で、ジュリウスを凝視する。
クロニカにとって慣れたことだったが、それ以外の者にとってはそうではなかった。学園でジュリウスがクロニカ以外の前で笑うのは、初めてのことだったのだ。
誰もが夢ではないか、と疑う中、クロニカもぽかんと口を開けていた。
「なんだ、その顔は」
「だって、お前……はじめて俺の名前を」
「……友人は名前で呼ぶものだと言っていただろ」
皆が、そっぽ向いて逃げるように立ち去るジュリウスを見送っていく中、一番我に返ったのはクロニカだった。
「あ、待てよ、ジュリウスー!」
クロニカは慌てて追いかけた。
素直じゃなくて不器用な友人の、ほんの少し頬を赤らめた顔を拝むために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます