死神公爵の告白

 なんだかんだで色々な事があったなぁ。

 ピーチパイとハーブティーをテラスに運びながら、そう思う。


 女だと皆にバレてから、男友達は一時的に距離を置かれたが、時間が経つと元に戻った。女とは思えないほど男らしいから気遣うのも馬鹿らしくなった、と言われたので、加減なしに小突いてやった。女と意識されるよりかは楽だが、言い方というものがあるのではないか。


 数少ない女友達には、どうして早く言ってくれなかったのよ、と叱られ、頻繁にお茶会に誘われるようになった。そのおかげで、女の子の知り合いが増え、お茶会の規則を学べた。今後役に立つか分からないが、彼女たちの気遣いが嬉しかった。


 母が亡くなってからも、植物達を育てることは止めなかったし、菓子作りも続けた。

 このピーチパイに使った桃も、ハーブティーに使った薬草もクロニカの畑で採れたものだ。ジュリウスのあの言葉がなかったら、こうして作ることもなかっただろう。


 約束通り、ジュリウスはクロニカが作った野菜や果物、そして菓子を食べてくれた。そこに夫人や弟もたまに加わるようになり、いつの間にかルーカスも入ってくるようになった。

 父との関係は相変わらずで、同じ家に住んでいるが滅多に会わない。でも、昔ほど気にしてはいない。

 父との繋がりが薄くても、他との繋がりは強いから立っていられる。父に愛されなくても、自分のことを見てくれる人達がいてくれている、と思うようになった。


 テラスに出ると、初夏の心地よい風が、草の匂いを運んできてくれた。テラスは庭園が一望できる場所だ。クロニカの畑は見えないが、中心に置かれている噴水を中心に様々な種類の植木や花が植えられている。大人の背丈よりも高いそれは、正しく迷路で、訪れた人達からは花迷路と呼ばれ、使用人たちの間でも定着している。

 庭師のじいやの遊び心がよく出ている、と使用人と笑ったものだ。


「お嬢様。セピール様がお見えになりました」

「通してくれ」

「かしこまりました」


 女中が下がる。

 少しすると、女中に連れられてジュリウスがやって来た。


 あの頃と比べると随分と雰囲気が柔らかくなったな、と改めて思う。背もぐんと伸びて、クロニカの頭一つ分以上の差が出来てしまった。すらっとした体格が物腰の柔らかさを強調している。

 見た目に惑わされると、痛い目に遭うが。性格のせいでもったいない、とこっそり溜息をつく。

 クロニカの姿を確認したジュリウスが、目元を緩ませて笑んだ。


「久しぶり」

「おう」


 席に座るよう促して、ハーブティーを淹れる。


「今回はなんのハーブティー?」

「レモンバームとラベンダーのミックス。不眠症にいいんだってさ」

「ちょうど良かった。金魚の糞が卒業したらここに働かせてくれって煩くて、少し不眠気味だったんだ」

「アイツ、もう就活しているのか? 早いな」


 女バレ事件から数日。タティスは謹慎を受けたらしい、とジュリウスから聞いた。なんでも牽制が行き過ぎていたから、という理由との事だ。

 清々したというばかりに、鼻で笑っていたのを覚えている。


 謹慎が解けてからはしばらく大人しかったが、忘れた頃になってまた付きまとうようになったのだ。前ほどでもなくなったが、やはりジュリウスにとっては不愉快なものに変わりはなくて、タティスが視界に入るたびに舌打ちしていた。


 ジュリウスの報復を何十回も受けたはずなのに懲りないのは逆にすごいな、と呆れを通り越して感心する。

 今は、学園を卒業し、王立医療開発研究所に医学者として、働き始めたジュリウスに押し売りしているらしい。


「門前払いしているんだが、声が研究室まで届くんだ。何回か研究室に侵入しようとしたらしい。ま、その前に警備員に見つかってつまみ出されたみたいだけど」

「うわぁ……」


 顔が引き攣る。他人に迷惑掛かりまくりである。


「また懲らしめるのか?」

「最近、制裁を加えると喜ぶようになったんだ。気持ち悪い」


 その、気持ち悪い、は心の底から吐き出したもののようで、低く掠れていた。


「……それ、ジュリウスだからか?」

「多分。だから、他人に頼もうかなって」

「引き受けてくれる奴いるか?」

「一人、心当たりがある。人をいたぶるのが嫌いじゃない奴」

「………」


 類は友を呼ぶ、と心の中で呟く。


「金魚の糞の話はもうよそう。それより、美味しそうだな」

「今日は自信作だぜ!」

「それは楽しみだ」


 ふっとジュリウスが笑む。

 ピーチパイを切り分ける。サクッと良い音が鳴った。香ばしい匂いと桃の香りが鼻腔を通り抜ける。匂いからして上々な出来の予感だ。鼻歌を歌いながら、皿に盛りつけた。


「ほら、召し上がれ」

「いただこう」


 ジュリウスは前に出されたピーチパイにフォークを入れた。一口サイズに切り分け、口に運ぶ。


「どうだ?」

「うん。美味しい。今回は甘さ控えめか」

「そう。砂糖の量を減らしたんだ」

「これなら何個でもいけるな」

「いつも何個も食べているだろ」


 ふふ、と笑いながら自分の分も切り分けて、皿に盛りつけた。


「最近、仕事はどうだ?」

「人体の仕組みについて、新しいことが分かった。食事中に会話するのは避ける内容だけど」

「じゃ、後で訊く」


 ジュリウスの黒い噂の一つ、死体を使って怪しい研究をしている。死体を使っていることは使っているが、怪しい研究ではない。病で亡くなった人間の死体を解剖して、病の原因を調べているのだ。

 死体を解剖するのは冒涜的だと、そう世間に認識されているが、冒涜的と言っていたら医学は発展しない、と知り合いの王族に熱弁し、それが王にも伝わり認められて、国公認で死体の解剖を行っている。

 それが噂の真相だ。人の生き血を吸っている、通った道には死体すら残らない、は所詮噂に尾鰭がついただけの事だ。


「死神公爵、か。ほんと、変な通り名がついたなぁ」

「爵位を貰うつもりはないのに、勝手なことを言うよ。ジェットに譲る気なのに」

「面倒だからって弟に押しつけるなよ」

「だって爵位受け継いだら、少なからず見合い話が来てしまうだろう。せっかく噂話のおかげで、見合い話来ていないのに爵位貰ったら、台無しだ」

「通り名とか噂とか、それを逆手に取るあたり、さすがだな」

「クロニカ。お前、卒業したらどうするんだ?」

「どうしようか」


 こてん、と首を落とすとジュリウスが呆れ顔で肩をすくめた。


「秋に卒業だというのに、悠長な事だな」

「だって、父上が煩いんだぜ。ルーカスや女中を通して、女の格好しろって。多分、見合いさせる気ではと、かわしていたらいつの間にか夏になっていたわけで」

「ふーん」


 ジュリウスの顔が一瞬険しくなる。それに気付かず、クロニカは言い続ける。


「独立してぇんだけど難しくて、すっげぇ悩んでいるんだ」


 この国の法律上、女性が独立するのは難しい。それが貴族であれば尚更の事であった。


「だいたい、今更、女らしくできるかっての。ドレスとか女の格好は似合わねぇっつーの」


 今更女らしく出来るわけがないのだ。

 邪魔だからと切った短い髪。男らしい口調。男と比べたら小さいが、女にしては高い身長。胸は小さく、体格も剣術で鍛えた筋肉は男らしいラインを描いている。とても女らしいとは言い難い。

 それでもクロニカは後悔していない。諦観はしているが、それだけだった。


「庭師でも目指そうかなぁ。でも、父上が反対しそうだな。素直に聞く義理はないけど」


 剣術を活かせる職業といえば騎士だが、剣術はあくまで趣味の一つだ。

 騎士になりたいといえば、父は賛成するだろうか。厄介払いできる上に、死亡率が上がるから願ったり叶ったりだろうか。


「……」

「ジュリウス?」


 真剣な面持ちで俯くジュリウスに声をかけるが、返事をしない。

 考え込んでいる。こういう時は、そっとしておくのが良い。

 ピーチパイを頬張る。しばらくして、ジュリウスが口を開いた。


「………クロニカ」

「ん?」

「将来安泰を保証できて、見合い話も一切来ない、庭師ではないけど庭の一部を好きにしてもいい、しかも女の格好もしなくてもいい方法があるよ」

「え、マジ? マジであるのか? そんな都合の良い就職先」


 前屈みして、ジュリウスの顔を覗き込む。彼はにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「僕のところに来たらいいんだ」

「お前のところ?」

「正確には僕の妻になればいい」


 静寂が流れる。

 クロニカは口をあんぐりと開き、ジュリウスの台詞を頭の中で反芻した。


ーツマ? ツマってなんだ? 爪のことじゃないよな? ツマって結婚するほうの妻か?


「面白い顔」


 ぷっと吹き出した声に我に返る。

 ジュリウスが愉快そうに笑っているが、冗談に見えなかった。


「………なぁ」

「なに?」

「お前って俺のこと、好きだったのか……?」

「今更気付くとか、ほんと鈍すぎ」


 あっさりと肯定された。そんな馬鹿な、と口にしようとするが、言葉にならない声が空回りするだけだった。


「念のために言っておくけど、友愛じゃないから。恋愛的な意味での好きだから」

「え、は」

「で、どう? けっこうクロニカの理想に近いと思うんだけど」

「り、理想って」

「誠実で真面目で、クロニカのことはもちろん、子供のことも愛してくれる、物腰が柔らかくて笑顔が絶えなくて、その笑顔も素敵な人。子供はあまり好きじゃないけど、クロニカとの子なら愛せる自信がある」


 たしかに言った記憶はあった。

 まさか今、ぶり返されるとは思わなかった。


「ちなみに、僕がお前のことがどれだけ好きかというと、お前が死んだら死体を剥製にして、一生眺めて過ごすくらい好き。あ、剥製にするために出した内蔵は僕が全部食べる」


 けろっと告げられた言葉が末恐ろしい。そこでようやく、空回りの言葉が音になった。


「怖いわ!! 通り名が冗談じゃなくなってしまうだろうが! 笑えねぇよ!」


 顔は笑っているが、目が本気だから余計に笑えない。

 ジュリウスは暢気にピーチパイを口にして、のうのうと返した。


「気にするところ、そこなんだ」

「それしか言えねぇよ! 怖いとしかな!!」

「普通は異常だとか言うところだけど」

「自覚しているのに、なんであえて言った!?」

「言わないと、分かってくれないと思って」

「他にもあったはずだよな!? 例え話!」

「他だとどうもしっくり来なくて」

「いつもの語彙力、どこに行った!? ちょっと探してこい!」


 ぜぇぜぇ、と息を切らす。

 とりあえずハーブティーを飲んで、心を落ち着かせた。


「でも剥製にすると、体に傷が残りそうだな。残らない方法を考えなくちゃ」

「うん。もう剥製云々はつっこまないぞ。話を進めるぞ」


 剥製はいい。要は、ジュリウスより先に死ななければいいのだ。根本的に完結はしていないが、無理矢理頭の隅に追いやる。


「本当にお前、俺のことが好きなのか?」

「なに。疑うわけ?」

「だって俺、美人じゃないし」

「それ、自分がきれいって思うものが他の人にとってのきれいとは限らない、と言った奴の台詞?」


 と、ジュリウスが鼻で笑う。

 揚げ足を取りやがって、と心の中で悪態つく。


「そ、それに、男っぽいし、器量悪いし」

「いや、器量悪くないから。まあ、たしかに男っぽいけど」


 そこで一旦、言葉を止めてジュリウスは腕を組んだ。


「多分、僕は男だろうが女だろうが、クロニカを好きになっていたと思う。だからそこは、あまり関係ない」

「お前って両刀なのか?」

「どうしてそうなるんだよ。クロニカだからだよ」

「えぇ~……」


 頭を抱え込みながら、項垂れる。

 混乱が収まらない。初の異性からの告白、しかもジュリウスからということも相まって、心が掻き乱れ、気持ちがはっきりしなかった。

 驚きなのか、戸惑いなのか、嬉しいのか、恥ずかしいのか、悲しいのか。

 それとも、どれも混ざっているのか。ただ、顔が熱い事は分かった。


「まあ、とりあえず落ち着こうよ」

「誰のせいだとっ!」

「いくら初めての告白だからって、その反応は勘違いするから止めてよ」


 その言葉に、一気に冷静になる。


――なんで、初めてだって知っている?


 規模が大きい学園で二つ上の学年。噂が全部届くわけがない。それなのに、なんでそう断言できるのか。

 そもそも、いくら男装していたからといって、公爵令嬢である自分に見合い話が一つもなかった事自体が有り得ないのでは。

 違和感を見つければ、疑問がだんだんと膨らんでいく。

 先程のジュリウスの告白。そして言葉。

 まさか、と顔を上げる。


「…………ジュリウス」

「ん?」

「もしかして、俺に見合い話が来ないように、裏で何かしてた?」


 一瞬、沈黙が流れる。

 直後、ジュリウスがかつてない程の爽やかな笑みを刷った。

 確信した。やはり何かやっていたのだ。


「やっぱりかよ! 別にいいけど! 見合い話なくてやったー! って思っていたから別にいいけど!」

「なんで僕の気持ちに気付かなくて、そこには気付くかな。ほんと不思議」

「だって、女はともかく男からそういう目で見られているなんて思わなかったし」

「それでもさ、ルーカスやここの使用人は気付いているっていうのに、なんで気付かないかな。亡くなった夫人も気付いていたみたいだし」

「えっ!?」


 母の名が出てきて、驚愕する。

 母が死んだのは、三年前だ。そこから引いても、ジュリウスは三年以上も前からクロニカに片思いをしていたという計算になる。


「お前……」

「あ、もうこんな時間か」


 クロニカの言葉を遮り、ジュリウスは懐中時計で時間を確認する。


「この後、どうしても外せなかった用事があるんだ。話の途中だけど、今日はこの辺で」

「あ……」

「返事はまた今度でいいよ。その様子だと、答え出てないみたいだし。じっくり考えて」


 ジュリウスが立ち上がる。


「それと、たしかに牽制はしていたけど、僕と無理矢理婚約させるつもりはないからさ、そこは安心してもいいよ」

「無理矢理って」

「あ、でも」


 またもクロニカの言葉を遮り、ジュリウスは目を細める。そして、真摯な瞳でクロニカを射抜く。


「振られても、諦める気はないから。今まで我慢した分、口説くからさ」


 たっぷりと溜め込んで、妖艶に笑む。


「覚悟しておけよ」


 晴天の霹靂。まさにそれだった。

 唖然としたクロニカにいつもの微笑みを投げ、ジュリウスは背を向けて、テラスを立ち去る。クロニカは、その背中を黙したまま見送るしかなかった。

 ジュリウスが去ってから、一分後か、はたまた数十分後か。

 我に返ったクロニカは、顔を真っ赤にして机に埋もれて悶えた。

 いつまで経っても屋敷の中に入らない彼女を心配して、テラスに出た女中に話しかけられても気付かず、ジュリウスの告白を反芻して奇声を上げた。

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