出会い

 ジュリウスとの出会いは、十二歳。ちょうど学園という環境に慣れ始めた頃だった。


 図書館で調べ物していた時だった。やっと目当ての本が見つかったのはいいが、手が届かず背伸びをしていると、脚立を持ってきたジュリウスが取ってくれたのだ。


 ジュリウス・セピールはクロニカと同じ公爵家の子供だ。年は十四である。蜜色の髪にエメラルドの瞳を縁取る流れ目、そして端正整った顔は、年下や同年に留まらず、年上までも魅了された。異称は「氷の貴公子」である。全く笑わない、そして態度が冷たい事からこの異称がついたという。


 彼には顔と身分以外にも、特徴があった。それは歴史上の神童を越えた神童であることだ。彼は人の数十倍も頭も記憶力も優れており、学者ですら導けなかった答えをあっさりと導いたと、噂話に疎いクロニカさえ知っていた程の有名人だった。

 それだけなら、噂とは違う優しい男子としてときめいていた。


「すぐ近くに脚立があっただろう。目に入ってなかったのか? なんで脚立を探そうとしなかったんだ? 馬鹿なのか?」


 この台詞さえ言われなければ。


 礼を言おうとしたら、冷たい声音で突き立てたのである。怒りで取ってくれた本をぐしゃぐしゃにしそうになりながら、ジュリウスを睨みつけた。

 残念ながら、言い返せなかった。言い返したら少しは清々しただろうが、正論だったからぐぅの音も出せなかった。

 礼を言う気も伏せ、本をジュリウスに返し、クロニカはその場を後にした。言葉はかけなかった。


 これっきりの接点だと思っていた。だが、その後も何かとジュリウスと会う機会が多かった。

 会う機会というのは、偶然ともいう。ジュリウスと歳が違うのだから、クラスで一緒になるということはまずない。主に廊下でぶつかりそうになり、裏庭の穴場で出くわしたり、保健室に行ったらいたり、図書館でばったりと会ったりその他諸々。


 彼が、自分が目指し、結局なれなかった公爵家の跡取り息子だから、という八つ当たりの面でもそうだったが、最初の邂逅でクロニカはジュリウスが嫌いになった。当然クロニカは、彼を避けていた。

 だが、避けるために通ったルートに、彼が当然のようにいることが多々あった。

 その時はお互い無視するか、ジュリウスが突っかかって口論に発展しそのまま別れるというのが定番になっていた。


 二人は犬猿の仲である、と噂が流れたのは当然のことだった。


 クロニカは、教師は女であることを知ってはいるが、生徒が自分を男として認識している事は分かっていた。クロニカ、という名前は男にも女にも使える名前だったのも要因だろう。友人と呼べる者すら、クロニカを男だと思いこんでいた。


 女だと隠しているというわけではないが、否定するには信憑性に欠けている事も理解していたので、敢えて否定はしなかった。

 男に間違われているのは、むしろ光栄だと思っていた。男に見られるように努力した事が報われているという事だったからだ。



 ● ○ ● ○ ● ○ ●



「……マカニア。お前はそこでなにをしているんだ」


 クロニカが花壇の手入れをしていると、ジュリウスが理解しがたい目をして話しかけてきた。

 クロニカは自分でも分かるくらい、顔をしかめながら何故か律儀に答えた。


「なにって、花壇に花を植えているんだよ。見て分かんねえのかよ」


 別に罠を仕掛けてもいなければ、荒らしているわけでもない。ただ、花が枯れ、種も落ちていたから、その種を拾い、新しい花を植えていただけだ。


「貴族の男がやることじゃないだろ」


 ジュリウスもクロニカのことを、男と認識していた。だからこそ、話しかけられたのだろう。話しかけた女子生徒が苛められたことがある、と女子が噂していたのを聞いた。それから一切、女子に話しかけたことがない、とも言っていた。

 ジュリウスはクロニカを男と思っている。察しが良く目敏い彼を欺いている事が自信に繋がった。


「別にいいだろ。趣味なんだし」

「趣味? 花を愛でることが? 女々しいな」

「女々しくて悪かったな!」


 クロニカは吠える。


「それに愛でるんじゃなくて、育てているんだよ。植物は良いぞ。愛情を持って接したら、素直に綺麗な花を咲かすから」


 父相手では無理だ、と心の中で付け加える。


「……まるで、疲れた女中のような理由だな」

「なんだとゴラァ!」


 それで会話が終わるかと思っていた。だが、ジュリウスはさらに会話を続けた。


「………お前は、花を美しいと思うか?」

「花ァ? まあ、きれいだとは思うけど。お前はきれいだと思わないのか?」

「全く」

「あっそう」 

「……それだけか?」

「それだけって?」

「祖母にいわれた。花を美しいと思わないお前は異常だと」

「花がきれいって、だれもが思うわけねーじゃん。俺の父上だって多分そういうタイプ」


 憶測でしかないが、おそらく当たっているだろう。父が頬を緩ませるのは、母の前だけだから。


「カラーシィ令嬢って知っているか?」

「名前くらいは」

「みんな、アイツのことをきれいとか言うけど、俺は思わねぇもん。むしろ、どこが? って思う。そんな感じで自分がきれいって思うもんが、他の人にとってのきれいとは限らねぇじゃん。美的感覚をとよかくいわれる筋合いはねぇ」

「僕の場合は、美しいと、感動したことがないんだが」

「ないんなら、これから見つければいいんじゃね? よく分からねぇけど、今はただ周りにないだけじゃねーの? お前が美しいって思うものが」


 そこまで話して、ん? と、首を傾げた。

 まるで慰めているみたいだ。思っている事を何も考えず口に出しているだけで、慰めているつもりはなかったが、一度そう思うと鳥肌が止まらなくなった。


「ああぁぁーっ! 別に手伝わないんなら、とっとと行ってくれないか!?」

「なんで急に怒りだしたんだ……まったく分からん」


 半眼で睨みつけられたが、溜息をついて去った。


「そういや、アイツ、どうしてここに来たんだ?」


 人が滅多に来ない裏庭にどうして、と疑問を抱いたが、すぐに導き出された。

 人が滅多に来ないからだ。人がたくさんいる場所を嫌っているようだから来た。ただそれだけだ。

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