交流
彼との交流は、思わぬ形で深めることになった。
それは出会って半年後のとある休日。母の許に訪れた客人がいた。それがジュリウスの母親と、ジュリウス本人だった。
母の学生時代の友人で、ベッドにいることが多くなった母の見舞いに来るとは聞いていた。使用人経由で父に出迎えるよう、命令されたのだ。父の命令は聞きたくなかったが、母の友人だということで重い腰を上げた。
名前は聞いてはいなかった。まさかジュリウスとは思わず、明らか様に顔を顰める。
「げっ!」
「げっとはなんだ、げっとは」
ムッと眉を寄せるジュリウスに、夫人は軽く目を見張った。
それに気付かず、クロニカは警戒する猫が如く、フー! と、息巻いていた。
「もしかして、クロニカちゃん? あらまぁ! こんなに大きくなって!」
「え、失礼ですがお会いしたことが」
「あ、そうよね。赤ん坊以来だったわね」
どうやら、出産祝いに駆けつけたことがあるらしい。クロニカはそう解釈した。
「そういえば公爵様は?」
「すいません。父は領地の視察に行っておりまして、今屋敷にいないんです。なにか困ったことがあれば、遠慮なく申してください。では、母の許へご案内致します」
「ありがとう。ふふふ。あんなに小さかった子が、こんな綺麗になって。その男装も素敵よ。どこからどう見ても、美少年しか見えないわ」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
夫人の台詞にいち早く反応したのは、ジュリウスだった。次にクロニカで、夫人が不思議そうに首を傾げた。
クロニカの「えっ」は、どうして女だと知っているのか、という驚きだったが赤ん坊の頃に会っているのだから知っていてもおかしくはない、と納得する。
だが、ジュリウスは違っていた。明らかに狼狽していた。
いつも無表情で、動かしても呆れ顔か顰めっ面のジュリウスが、である。
夫人もクロニカも物珍しくて、それを眺める。
こいつもこんな顔をするのか、と変に感心もしていた。
ジュリウスはクロニカを凝視し、口を開いた。
「………マカニア、お前……女だったのか……?」
「あ、うん。一応」
「あら、もしかして隠していたの?」
「いや、隠していたというわけではないのですが、否定するのが面倒で」
ジュリウスからの視線が痛い。
怒っているのだろうか。しかし、怒られる理由が思い当たらない。女だからといって、どうして黙っていたんだ、と責められるほど親しくした覚えはなかった。
その後、ジュリウスが喋ることもなく、居心地の悪いまま夫人とジュリウスは見舞いを済ませ帰って行った。
そんな事があったので、クロニカはもうジュリウスが話しかけてこないかと思っていた。
だが、翌日。クロニカがいつものように人が全くいない裏庭で花壇の手入れをしていると、ジュリウスが現れたのだ。
「マカニア、お前が女であることは隠したほうがいいか?」
いつものように話しかけられて、クロニカはあんぐりした。
「マカニア?」
「あ、ごめんごめん。そうだな。黙ってくれたらありがたい」
「ああ」
それだけ確認してきたのか、さっさと去って行った。
案外律儀な奴なのか、夫人に何か言われたのか。どちらか分からなかった。
● ○ ● ○ ● ○ ●
それからというものの、夫人とジュリウスは度々母の見舞いに訪れた。
母と二人っきりで話したい、というジュリウスの母の要望で、追い出されたジュリウスの相手をするのがクロニカの役割になっていた。時には、庭に連れて行ったこともある。
「お前はこの庭にも花を植えているのか?」
庭を見渡しながら、ジュリウスが問いかけてきた。
「客人が通るところは、庭師がやっている。俺がやっているのはもっと奥」
見てみるか、とは訊かなかった。前に花を見ても美しいとは思わない、とジュリウスが言っていたのを覚えていたからだ。
「お前はどうして男装なんかしている?」
「……秘密」
父に愛させるため、とは言えなかった。自尊心が許せなかった。
「そうか」
元から答えてくれないと思っていたのか、はたまたなんとなく訊いてみただけでさほど興味なかったからなのか。ジュリウスはそれだけ言って、そっぽ向く。
クロニカは内心安堵した。
「そういや、お前はなんで毎回来るんだ?」
ここに用があるのは、彼の母だけである。彼自身、ここに用はないはずだ。
「あの人は一人で行くのは嫌な人なんだ。どこかに行く時は、身内の誰かが一緒に行かないと嫌だと駄々こねる」
「一人で行くのは寂しいんだ」
「そうなんだろうな。弟は引っ込み思案であまり外に出たがらない。父も仕事で忙しい。祖父は亡くなって祖母とも折り合いが悪い。だから僕しか選択肢がない。僕も祖母と仲良いとは言い難いし、見合いだのなんだの煩いからついていっている」
「お前、弟がいたのか。そっちにびっくりだわ」
「あまり接してはいないが、一応」
「でも見合いかぁ。そういう歳なんだな」
「お前のところには来ていないのか?」
「男装している娘を見合いに出すと思うか?」
「それもそうか」
あっさりと納得した。
「まあ、俺は結婚する気がないからいいけど。どうしても結婚するんなら、絶対にこの条件に合う人って決まっているんだけど、理想が高いんだよな」
「ふーん。ちなみにどんなのが理想?」
「誠実で真面目で、俺のことはもちろん、子供のことも愛してくれる、物腰が柔らかくて笑顔が絶えなくて、その笑顔も素敵な人。顔も身分も問わない」
「高いのか?」
「高いんだよな、これが」
父は誠実だろう。使用人から、浮気、という単語を聞いたことはない。仕事も真面目に取り込んでいると、執事から聞いたこともある。だが、母のことは愛しているが、クロニカのことは愛していなかった。物腰が柔らかくない上に、笑顔も滅多にお目にかかれない。そもそもあまり顔を合わせないので、仕方ないのかもしれない。
いくつか理想は当て嵌まるが、全部当て嵌まるわけではない。父を見てそう学んだ。
「そういうものか」
「そういうものだよ。で、お前はどんなのが理想なんだよ?」
「考えたことがない」
「俺だけ答えて、お前が答えないのは理不尽だ! 今考えろ」
「と、言われても」
「ほら、理想といわれて思い浮かんだのはなんだ?」
「思い浮かんだもの……」
ジュリウスはじっとクロニカを見つめた。怒っている風でもない。ただ静かに見つめられて、クロニカは少々居心地が悪くなった。
「な、なんだよ」
「なんだ」
「俺を見ているだろーが」
「見ていたか?」
無自覚だったのか、ジュリウスは僅かばかり目を見開く。それは一瞬のことで、いつもの無表情に戻った。
「そうだな……飽きない奴がいいかな」
「それがお前の理想?」
「多分」
「ふーん」
飽きない奴。天才のこいつを飽きさせない女っているのか?
こいつも理想高いな、とクロニカは妙な仲間意識を持った。
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