第2話 煉獄
S.I.L.Fは小さい個体だと人並みの大きさである。最初に出現したS.I.L.Fは、全てこの大きさだった。
だが、何を栄養源としているか、または栄養など必要ないのか、徐々に大きな個体が現れ始めた。
今では高さ3メートル程度が一般的な大きさとなった。この位の個体を、ベスタ級と呼んでいる。
それに対し、僕達の駆るミストルテインはおよそ5メートルの高さだ。硬い装甲に覆われ、機体の大きさに合った武器を使用して戦うのは、3メートルの敵に対し生身で戦うのとでは、生存率が大きく違う。
また、S.I.L.Fには個体性がある。
そもそもS.I.L.Fは、人間を媒介にしているところから人間の肌のような外皮を持つ。しかし、人間と共通しているのは外皮程度で、他は殆ど違う。移動が四足歩行だったり、一部の肌や爪が黒く硬化していたりする。この硬化した部分は、武器になり弱点を守る防具となる。
ここまでがS.I.L.Fの共通部分である。先程も言ったように、S.I.L.Fには個体差が生まれてくる。その要因は、体の大きさや出現する場所など様々である。
水周りに出現するならばヒレが生えていたり、気温の低い場所ならば全身を毛が覆っていたりという感じだ。
だが、数の多いベスタ級には、それほど個体差は見られていない。使い捨ての兵士程度の扱いなのだろう。
また、ベスタ級の見た目は、ヌードラットに似ている。実際のヌードラットとの違いは、顔が苗床となった人間のモノであるということだ。
人間がS.I.L.Fになった場合、太っていくように身体が膨れ上がっていく。だが、頭自体の大きさは変わらない。つまり、巨体に小さな人間の頭が付いているのだ。
研究者は、脳は増殖出来ないため、そのような形態になったものと考えられている。また、人間と同じようにS.I.L.Fは睡眠をとるか、或いは夜間の行動が鈍ったりする。
僕達が訓練をしている日本列島は、四季が豊かでベーシックな形のS.I.L.Fが多い。それ故に、安全の確保が他と比べて容易である。訓練兵が多く集まるのは、この様な四季の豊かな土地だ。
ちなみに、僕達の所属している日本は大小合わせて47エリアに分割されている。これは、元々日本が47の地域に分かれていた為、そのまま流用されたようだ。この中で僕達が所属しているのは、第3エリアのミヤギだ。
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「グッジョブだ、ラルカちゃん!」
パーセルは歓喜の声を上げた。
戦闘開始後、すぐにラルカは1番足の遅かったベスタ級を撃ち抜いたのだ。放った弾丸はベスタ級の体を縦に貫き、絶命させた。
ベスタ級の心臓は身体の丁度真ん中にある。ブレードで切るにしても、基本的に上から突き刺すか、体を切り刻んでいくしかない。その点、マークスマンライフルの威力ならば、直線で撃ち抜く事が出来る。
だが、何よりも先ず動く敵を物ともせず冷静に撃ち抜いたラルカに、パーセルは賞賛を送った。
「残り2来ます!」
ラルカは調子を崩さずに報告する、非戦闘中ならば、パーセルに乗っかって騒いでいただろう。この集中力と切り替えがラルカの強みである。
「流石だねぇ、ラルカちゃんは」
ラルカの事を理解しているパーセルに、気にした様子はなかった。
一方、ティンは格闘戦を繰り広げていた。ベスタ級2匹の攻撃を軽々と避けて、ブレードで少しずつダメージを負わせていた。切られた箇所からは、緑色の血液が流れている。
「今回は僕達の出番が無さそうだね、パーセル」
「ありゃー。ま、これはこれで良いことなのかもな。手柄を取られるのは悔しいけれどな」
とパーセルは笑う。
案の定、僕達の出番は無かった。直後に2匹のベスタ級をティンが斬り伏せた。
夕日を背に血飛沫の中に立つミストルテインには、誇高さとどこか悲しさを感じさせた。
「これで作戦終了、だね」
僕の一言で緊張の解かれたみんなが、思い思いに話し出す。が、その中にティンの反応は無かった。これはいつもの事だった。S.I.L.Fを撃退した後は必ず決まって、祈りを捧げているのだ。
ティンのミストルテインに近づき、近距離回線を開く。
「ティン、お疲れ様。後続が来ない内に、早く基地へ戻ろう」
暫くの沈黙の後、あぁ、とだけティンは答えた。
「こちらナンバー782、作戦終了にてこれより帰投します」
オープン回線にてゼーマン教官へ呼びかける。しかし、ノイズが走るだけで反応が無かった。
「なぁ、パーセル。教官から反応が無いんだけれど、こんな事ってあるか?」
「んー、あるんじゃないのか?俺たちもまだ実戦での作戦は数える程だし、こういうパターンもあるんだろう」
「そんなもんかな」
「そんなもんだよ、そんなもん」
片道1時間の帰路を考えると億劫になり、そんなものかと、何故か僕は納得してしまった。
帰路に着き20分が経った。陽は既に落ち、周囲は暗闇に包まれていた。僕達は見通しの悪い廃墟群の中をひたすら進んでいた。
光は足元と数メートル先を照らすミストルテインのライトしか無く、15メートルより先は何も見えない。
「なぁ、あとどれくらいで着くんだ?」
早く帰りたいという雰囲気を隠しもせずに、パーセルは誰にでもなく聞く。
「あと20分くらいじゃないかな」
と、僕は噓を吐いた。実際は、あと40分程度かかるのだ。余計なストレスをティンとラルカへ与えないように、と考えての行動だ。
「まだまだ先かよー」
移動くらい輸送機を使えってんだ、とパーセルはブツブツ文句を言い続ける。一方ティンは、文句1つ言わずに、黙々と行軍を続けていた。対してラルカは、自動操縦を起動し仮眠を取っている。
ここでいう自動操縦とは、完全に自動で動いている訳ではない。前を進んでいる僕のミストルテインから発せられる地形・行動データを受信し、同じ動きをしているのだ。
集中力を必要とする役回りの彼女は、僕たちよりも疲労が濃い。そんな彼女を思って、この小隊に休息を咎める者は居ない。
「パーセル、ティン、周囲の状況は?」
「もちろん、異常なしだぜ」
「……ナンバー782、こちらも異常なしだ」
「了解。2人ともありがとう」
何故か僕は、得体の知れない不安に襲われていた。この地区はS.I.L.Fのほとんどが殲滅され、安全圏として長らく確立してきた。皆、心のどこかで安心しきっているのではないのだろうか。
その時、唐突にオープン回線が繋がった。
「こちら、ナンバー782」
何事かと思い呼びかけてみるも、雑音が流れるだけであった。
「何かの偶然で繫がっちまっただけか?」
パーセルも不思議に思ったらしい。
「こんなミス、ゼーマンならしないよな」
「うん。ゼーマンは、こういうミスが嫌いだろうからね」
うんうん、2人で唸っていると、ティンが苛立った口調で話し出す。
「お前たちは、相当暢気だな。これは基地で何かがあったのだろうと、どうして考えない」
「んー、でもここは日本だぜ。S.I.L.Fを追っ払ってから5年以上、基地が襲われることなんて無かったんだ。そんなこと在り得ないんじゃないか?」
「馬鹿か。奴らは、まだ解明し切れていない部分が多い。突如、前例に無い行動を取る可能性もある。そんな甘い考えだと、これから先、命がいくつあっても足りないぞ」
うーん、とパーセルは不服そうであったが、ティンの言い分も分かるらしく、それ以上は言い返さなかった。或いは、一度スイッチの入ったティンの面倒臭さを思い出したのか。
「取り敢えず、一度基地まで戻ろう。何をするにしても、燃料や武装の補充はしたいしね」
「おう、良いぜ」
とパーセルが答える。
「ティンも、それで良いかな?」
「ああ、問題ない。だが1つ提案がある。これより先はナンバー784を起こし、戦闘態勢で帰ろう」
「ティンちゃんは心配性だねぇ。ま、俺は良いよ、女の子の頼みだしねぇ」
とふざけた感じでパーセルが答える。
「僕もティンの意見なら尊重すべきだと思うし、そうしようか」
「ありがとう」
とティンは言い、通信が切れた。
その後、僕とパーセルは機体を降りて、ラルカを起こしに行った。ラルカに事情を説明すると、わかりましたー、と寝ぼけ眼ですんなり了承した。僕達は装備を確認し、いつでも戦闘が行えるように準備した。
そして再び、暗闇の中を進み始めた。
「あー、もう朝なんですねぇ」
気が付いたきっかけは、ラルカの何気なく発したその言葉だった。その言葉を聞いた時は、ラルカはいつも通りだと、微笑ましく思った。しかし、僕はその言葉の意味に気が付き、全身の血が一気に凍ってしまったかのように感じた。
「みんな、走れ!」
突然の僕の号令に3人は少し戸惑っていたが、すぐに後を追いかけてきた。
「おい、急にどうしたんだよ、ローレンス。お前らしくないぞ」
「いいから!今は出来る限り早く!」
「どうしたの、ローレンス君!」
パーセルとラルカは、未だに事態が掴めないでいる。
「ナンバー782、急ごう」
ティンは、何となく状況を理解したようだった。
ラルカは、基地へ近づくにつれて、その方角の空が明るいことに気付いていた。だが、僕達が向かっていた方角は、西だった。太陽は、東から昇り、西へ沈む。例え、日が昇りかけていたとしても、西の空が東の空よりも明るくなることはない。昔ならばいざ知らず、現在はS.I.L.Fから見つからないように、真夜中に大きい光源を使うことはない。となれば、考えられる原因は、火の手が上がっているということだ。しかも、あの範囲から見るに、小規模な火事などではない。大きな何かが燃えているのだ。
そもそも、このような事態を察知できる要因はあった。例えば、突如繫がった通信である。そして、僕達が一番見落としていたことは、帰る道中に光が全く無かった、ということである。
基地の周囲には、基本的に見張り台が立っている。その役割は、昼夜問わず交代制でS.I.L.Fの監視に当たり、夜になれば僅かな光を灯してミストルテインの帰る道標となることだった。僕が漠然と不安に思っていたのは、その点についてであった。
僕達の乗る第五世代ミストルテインには、高度なナビゲーションシステムが付いており、わざわざ見張り台を確認する必要がなかったのだ。
見 張り台が未だに置いてある理由を、しっかりと考えるべきであったのだ。
僕達は、ひたすらに山の斜面を走った。パーセルとラルカも途中から事態を理解したらしく、口数が少なくなっていた。
「前方、すごい数の反応があります!」
「やっぱりか……」
もし僕達がもっと早く帰っていれば、と後悔が頭を過る。
「残り30メートルで登り切ります!」
せめて間に合ってくれと、気持ちが逸る。
「出ます!」
僕の瞳は、大量のS.I.L.Fと煌々と燃える火の海を映し出していた。
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