Mistilteinn
やまむら
第1話 流れるは星、降るは災厄
「ローレンス、見てみなさい流星群だよ」
あの日、父に手を引かれて空を埋め尽くすほどの流星を見た。
白い尾を引く数多のそれは、物を知らない子どもの僕でも、美しいと思うほどであった。
だが、流星群は地球を通り過ぎる事はなく、真っ直ぐに地上へと降り注いだ。
そして後に、その日は“天使の堕ちた日”と呼ばれるようになった。
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荒れ果てた街を4つの影が進む。
「ナンバー782、遅れているぞ」
狭いコックピット内に、曇った声が響く。
「す、すみません、ゼーマン教官!」
「お前が遅れたせいで、戦闘中ならナンバー781、783、784は死んだぞ」
教官の話し方は淡々としているが、言葉には棘がある。いっそ怒鳴られた方が、気が楽であった。
「いいか、お前たちは小隊だ。各員に役割がある。もしも、その内の1人が勝手な行動を取ってみろ。すぐS.I.L.Fに全滅させられてしまうぞ」
しっかり働け、と言うなり通信は途切れた。
モニターに映し出された街は、どこまでも廃墟だった。
S.I.L.Fとは、降り注いだ隕石の中から現れた、地球外生命体の事だ。
奴らは攻撃的な性格で、すぐに人間を襲い始めた。
和解を求めてコミュニケーションを試みたが、何一つ伝わることはなかった。
また、奴らは異常に繁殖力が強い。人間に自分たちの種子を埋め込むことで変異させ、仲間にしてしまう。つまり、人間の数だけ奴らが増えてしまうのだ。
だが、変異させられるのは生きている人間のみで、死んだ人間は変わらなかった。
かと言って、仲間を増やすために人間をひたすらに鹵獲する訳でもなく、ただ殺戮を繰り返すこともある。
"天使の堕ちた日"から12年が過ぎた今でも、S.I.L.Fは人類にとってブラックボックス的存在のままだ。
だが、人類も一方的に侵略されていたわけではない。
各国の最新技術や技術開発を通して、対S.I.L.F二足歩行型戦闘兵器"ミストルテイン"を開発した。
最初こそ劣勢だったが、ミストルテインの登場により戦況はやや好転してきていた。だが、まだ人類の滅亡からは遠ざかっていなかった。
僕は、第5世代ミストルテインのパイロットとして軍に入隊し、その訓練兵だった。
はぁ、と小さい溜息を吐いていると、大きな笑い声を無線機が発した。
無線を確認すると、近距離通信に切り替わっている。
「そんなに笑うことないだろ、パーセル」
「いやー、いつもいつも、ローレンスは笑わせてくれるなぁ」
「人が落ち込んでいるのを笑いやがって……」
「仕方ないだろ。日課であるゼーマン小言攻撃を、今日も無事に受けることが出来たんだからな」
パーセルは、はははと笑い続ける。人を小馬鹿にしているパーセルの顔が脳裏に浮かぶ。
「こっちの身にもなってみろってんだよ、全く」
僕はゼーマンに目の敵にされていた。その原因や引き金がいつ、どんなことなのかも分からない。
軍に入隊して訓練兵として小隊を組み、ゼーマンが教官として着任した時から小言、いや、有りがたいご教授を頂いていた。他の訓練兵ならば注意されないようなことも、僕の場合は攻撃の対象となっていた。
「でもさ、ゼーマンって何故かお前にだけ厳しいところがあるよな。嫌われ様なことでもしたのか?」
「いや、それが分からないんだ。本当に最初からあんな感じだったんだよ」
「お前のナヨナヨしたところが、ムカついたんじゃないのか」
「パーセル、後で覚えてろよ」
左側に居るであろう友人を睨む。が、お前らしくて良いけどな、と当の本人はどこ吹く風であった。
「ナンバー782、783、煩い」
無線機から別の声が響く。
「おうおう、ティンちゃんは真面目さんなこった」
「殺すよ」
「おー、怖い怖い」
ちっ、とティンは舌打ちをした。
「み、みんな、喧嘩はダメですよ!仲良くしましょうよ!」
妙に間延びしたオドオドとした声が、空気に耐えられなかったのか割って入ってくる。
「お、我らが癒しの紅一点ラルカちゃんのご登場だ!やっぱり女の子は、ラルカちゃんみたいなのが1番だよなぁ」
パーセルは帰投後、死ぬことが確定した。可哀想に。
「ちゃ、茶化さないで下さい、パーセルさん!」
「ラルカちゃんは本当に可愛いなぁ、どっかの誰かさんと違って」
「もう、パーセルさんってば......」
ティンの反応が無いのが怖い。パーセルの殺し方でも考えているのだろうか。
ティンとラルカは女性訓練兵だ。ティンは、過激な発言も多々あるが、周りに厳しく自分にも厳しい性格は、優秀な成績を叩き出す結果に繋がっている。しかし、そのストイックな姿勢が、人を遠ざける要因にもなっていた。ただ、性格は難しいが、凛とした容姿は男女問わずファンがいる。
反対にラルカは、おっとりとした人当たりの良い性格で誰にでも好かれる。加えて、名家のお嬢様である。言動も小動物の様で可愛らしく、言い寄られることも多い。が、いざという時にはやれる、心の強さを持っている。
僕の小隊は、この2人がいる事で他の男子訓練兵から羨ましがられている。内情は、なかなか大変なのだが。
暫く廃墟群を行軍した後、
「そろそろ予定のポイントだな」
とパーセルが告げた。緊張の糸が4人を絡めとったように、皆口数が少なくなっていた。
「ベースプレートより各機へ。武装の再確認後展開、待機せよ」
オープン回線でゼーマンの指示が飛び、小隊員それぞれが返事をする。
目の前にあるモニターに、銃器の弾数、近接武器であるナイフなどの状態が映し出される。
「メインウェポン、チェック。サブウェポン、チェック。ウェポン、オールクリア」
小隊員が各々報告を行っていく。
「よし。それでは各機展開せよ」
「了解!」
ゼーマンの号令により、身体に染み込ませた動きをなぞり始める。
僕たちのフォーメーションは、前衛がティン、その後ろに遊撃として僕とパーセル、最後尾にマークスマンのラルカだ。
近接戦に特化したティンは振動ブレードとサブマシンガンを装備している。僕とパーセルは、アサルトライフルとナイフ、ラルカはマークスマンライフルとハンドガンという構成だ。
配置と武器は、それぞれの性格に合わせてゼーマンが決めた。確かに、剣術が得意で積極的な性格のティンは前衛向きで、集中力が高く戦闘中でもペースの乱れないラルカは後衛向きである。そして、自由な発想と柔軟な対応の出来るパーセルはザ・遊撃と言った感じだ。
そんな3人に比べると、僕には突出したものがなかった。優秀な彼等と何故同じ小隊なのか、自分ではずっと分からないでいた。僅かな劣等感を抱くほどに。
燃料節約のためにエンジンを停止し、静寂な時間が流れていた。
「なぁ、数はどれくらいだったか覚えてるか?」
誰に聞くという訳でもなく、パーセルは独り言のように尋ねた。
「えーとね、確か3体だったよ」
ラルカは律儀に応える。正直、僕には答えられるような余裕はなかった。
「3体か。なら、大丈夫そうだな」
安心したようにパーセルは言う。
「馬鹿は休み休み言え。例え数が少なくとも、一瞬の油断で我々は全滅するぞ」
すぐにティンが釘を刺す。
「はいはい。わかってますよ」
パーセルは口煩く感じているだろうが、これはティンの意見に賛成だ。
駆け出しの僕たちは、気を抜けばすぐに死んでしまうだろう。だからこそ、チームワークが大切なのだ。仲間の足りない部分は自分が補い、自分の足りない部分は仲間に補ってもらう。小隊、チームは生死を共にする一心同体だ。
パーセル、ラルカと緊張を解そうと他愛もない雑談をしていた時、
「目標視認!」
とティンが鋭い声を発した。リラックスしていた空気に緊張が走る。僕は起動準備に入った。
ザザッとノイズが走り、ゼーマンから通信が入る。
「こちら、ベースプレート。ナンバー784、対象を確認せよ」
「はい!」
ラルカが長距離レーダーで状況を確認する。
「目標12時方向、数は3、大きさからベスタ級と特定!」
「予定通りだ。それでは各機起動後、迎撃態勢を取れ」
パーセルが、来た来たー!と叫ぶ。
僕は、両足の膝の間にあるシリンダーに刺さった鍵を回す。
コックピット内が明かるくなり、モニターに機体の型式番号が現れ、消える。
「ナンバー782、ミストルテイン起動!」
続けて他の小隊員もミストルテインの起動を行う。
「こちら、ベースプレート、全機の起動を確認した。お前達の幸運を祈る」
「さぁて、いよいよだねぇ」
楽しい事が待っているかのようにパーセルは言う。
「ナンバー783、しっかり役割は果たすように」
「全く、ティンちゃんは誰に向かって言ってるのかな。男なら兎も角、女の子は必ず守るさ」
「頼もしいです、パーセルさん!」
「おう!大船に乗ったつもりで居なよ、ラルカちゃん!」
「おい、パーセル」
「お前は男だからな。自分で頑張りな」
「帰ったら覚えてろよ......」
「あぁ。だから死ぬんじゃねーぞ、ローレンス」
「それは、こっちの台詞だよ」
自然と頬が緩み、良い具合に緊張が解れる。
「来ました!接敵まで残り30秒!」
僕は息を大きく吸い込む。
「みんな、行くよ!作戦......開始!」
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