7.3話 リボンとリンゴの木(3)
ノックの音に、イルケトリは意識を引き戻されてドアを振り向いた。あけに行くと、蜂蜜色の髪を後ろ頭で丸めて、グレーのドレスに白いエプロンをしたエミリーが、わずかに緊張した面持ちで見上げていた。
「あ、あの、お昼ごはんだから呼んできてって」
もうそんな時間かと、ウエストコートのポケットから懐中時計を出して見ると、ちょうど十二時だった。
「ああ、もう行く」
アイデア帳を見つける前に物思いにふけってしまったので、捜すのは食べ終わってからにするか、と思った。遅れて行くと皆も食べ始められないし、あとでひとりで食べるからいらないと言ったとしても、ヒフミとエミリーに迷惑をかけるだろう。それに、根をつめているとき以外、食事は皆でとりたい。
あけっぱなしになっていたデスクの引き出しを閉めに行ってから部屋を出ると、エミリーが探るようにうかがってくる。
「じゃ、じゃました?」
気を遣われているのだと分かって、イルケトリは小さく吹き出した。
「別にじゃまじゃない。そんなに怯えるな。何事かと思う」
「な、何事かって……人がせっかく気遣ったのに」
エミリーは不服そうに見つめてくる。
リジエッタのリボンを見て心に残る感情は、以前とは少し変わった。思い出して、終わりなく自分を激しく嫌悪するしかなかったときから、今は少しだけ救われている。過去はどんなに悔やんでもやり直せないけれど、エミリーのリボンからつながった手がかりで、この先は自分の行い次第でどうとでも変えていける、とわずかに力が抜くことができた。
リジエッタのリボンは使えないけれど、エミリーをヴァイオルトのもとから助け出しに行くとき、左腕に結んでいった。また自分のせいで誰かを失うのか、もう絶対に繰り返すわけにはいかないと、戒めと決意のなかで、左腕を握りしめた。
不服そうな顔のままこちらを見ているエミリーに、口元が緩む。
「そんな顔するな。今日のメニューは?」
こうして、皆で食事をとる何でもない毎日を、守っていきたいのだ。
ミス・ドレス・メイドトゥオーダー 有坂有花子 @mugiyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます