7.3話 リボンとリンゴの木(2)
数日後、リンゴの木の下でひざを抱えていたイルケトリのところに、リジエッタがやって来た。イルケトリは嫉妬なのか悔しさなのかぐちゃぐちゃになって分からない感情のまま、リジエッタを睨み上げる。
「木のことでおんをうって、まんぞくですか」
リジエッタは不思議そうに首を傾けて目をまばたかせる。しらばくれているのか。計算か。やがてすべて分かったというように手を叩いて、顔を輝かせた。
「そうよ! 恩を売ったの! だからリリーって呼んでちょうだい!」
イルケトリは眉をひそめた。
「はい?」
「これでもう断ることは許さないわ」
リジエッタは年齢よりもっともっと幼い少女のように、笑った。
こうしてイルケトリはリジエッタをリリーと呼ぶようになった。
イルケトリのまわりにシンティアとヴァイオルトが一緒にいるようになってからも、中庭のリンゴの木の下に行けば、よくリジエッタが佇んでいた。
「リリー! こんにちは」
シンティアがリジエッタに抱きついて、頬にあいさつのキスをする。
「はい、シンティア。こんにちは」
「シンティア。もう子どもじゃないんだからそんなにくっつくな。十二になったんだろ」
イルケトリはシンティアの肩を引いてリジエッタから離す。シンティアが不満そうにイルケトリを睨む横で、リジエッタが笑う。
「あら、わたしは大きい子どもでも構わないわ」
「リリーも甘やかさないでください」
イルケトリが呆れ半分で遮ると、かたわらにいたヴァイオルトがリジエッタへ駆けていき、抱きつく。
「ははうえ、こんにちは」
リジエッタはあいさつを返して、しゃがみこんでヴァイオルトを抱きしめてやっていた。シンティアが横目に睨んでくる。
「ヴァイオルトはいいの?」
「あほうか。ヴァイオルトは四つだ。お前と比べるな」
シンティアはますます口をひん曲げて、ヴァイオルトをのぞきこむように背をかがめる。
「ヴァイオルトはイルキみたいになっちゃだめだよ。頭固いから」
相変わらず好きと嫌いがはっきり分かれていると、イルケトリが呆れて額に手を当てたとき、ヴァイオルトが首をかしげる。
「どうしてです? ぼくはイルキみたいになりたいです」
「ええ、何で?」
シンティアがこれ以上ないほど嫌そうに顔をしかめる。後ろから手刀をおみまいしてやろうか、と思う。
ヴァイオルトはリジエッタのドレスをつかんだまま、曇りない目でシンティアを見上げていた。
「イルキは、きれいです。かおも、かりも、べんきょうも、さいほうも、ぜんぶ」
イルケトリは、戸惑った。そんなふうに思われていたとは、知らなかった。ヴァイオルトのほうが、血筋も、魔飾への才能もあふれているのに。イルケトリからすべてを奪っていく存在なのに、ヴァイオルトは純粋に慕ってくれる。憎みたいのに、憎みきれない。そしてそんな憎しみを持っている卑小な自分に嫌気がさす。
シンティアは納得がいかなそうに「ふーん?」と渋い顔をしていたが、ふと思い出したようにすべての感情を消して、イルケトリのほうを向いた。
「ていうかイルキ、自分がリリーに抱きつきたいだけじゃないの。ひがむくらいならやればいいのに」
「あほうか! お前と一緒にするな!」
「あらわたしは構わな」
「リリーも乗らないでください!」
遮ってもなお素直に微笑むリジエッタに、イルケトリは火照った顔をそらすことしかできなかった。
リジエッタは三人とも本当の兄弟のように接してくれた。
そうして、イルケトリに優しい言葉を残して、死んでしまった。
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