7.1話 指(2)

「あ、エミリー! ……あ」

 心臓が跳ねた。振り向くと、階段につながる廊下のところにシンティアが立っていて、目をしばたたかせてこちらを見ている。イルケトリを仰ぐと、手はつかんだまま、平然とシンティアのほうを向いていた。

 シンティアはものすごく不機嫌な顔になって、足早に歩んでくる。

「イルキ、何さぼってエミリーに手出してんの。俺に文句言える立場?」

「別に雇い主としてただ話を聞いてただけだ」

「何で話聞くのに手握る必要があるわけ? ていうか普通にキスしようとしてたよね?」

「こいつの手があまりにも痛々しかったから心配してただけだ」

 イルケトリはようやく手を離してくれて、エミリーはとっさに反対の手で手を包んで、胸の前へ引き寄せていた。

(た、助かった……)

 ふたりの言い争いを聞きながら、崩れ落ちそうになる体に力を入れる。

 やはり、キス、しようとしていたのだ、指に。変な声をあげてしまいそうになるほど、どうしていいか分からないが、そこまで深い意味はないのかもしれないと気を持ち直す。

(だっていつも令嬢の指にはキスしてるはずだし、ただのあいさつだし、いつもどおりからかっただけ、だよね?)

 そう考えると、慌てれば慌てるほど相手の思うつぼだ。うめきそうになってしまうのをこらえて、胸の前で手を握りしめる。体が熱い。頬が熱い。全部熱い。

(でも、そこまで……そんなに嫌では、なかったんだよなあ……)

 本当に嫌だったら、はり倒してでも逃げ出していただろうから。

(って何考えてるの? はしたない、これじゃあたしも変態の仲間入りしちゃう!)

 叫ばないように、口元を手で押さえる。

「エミリー? 何わたわたしてるの?」

 気付いたらしいシンティアが言い争いをやめて、心配そうな顔でエミリーを振り向く。

 何でもない、と呟こうとしたら、イルケトリと目が合ってしまった。イルケトリはいたずらっぽく微笑んで、エミリーは思いきり顔をそむけてしまった。

 シンティアが心配する声の中で、痛くなるほど心臓が速く鼓動しているのを感じながら、思う。

 本気なのか冗談なのか分からないのも、きっといつものからかいのうちなのだ。いたずらっぽい微笑みが柔らかくも感じたのは、きっと気のせいなのだ、と。

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