2話 ミス・ドレス・メイド(2)

 真っ先に目に飛びこんできたのは、大きな階段だった。つやつやした綺麗きれいな木目のこげ茶色で、大きな窓のある踊り場につながり、そこから左右に分かれている。

 見上げれば天井は吹き抜けで、階段の続きをたどると、二階に同じ色の渡り廊下が見えた。ホールの床は象牙色のタイルで、壁際にティーポットの乗ったコンソールテーブルやソファーが置かれている。

 思っていた以上に豪華だった。きらびやかではないが、庶民のエミリーは気後れするくらいの内装だ。

「部屋は上だ」

 イルケトリが階段を上がっていって、エミリーは追いかけて横に並ぶ。そこで、イルケトリはなぜか言いづらそうな顔をした。

「悪いが家具の準備が間に合わなかったから、しばらく遠出してるやつの部屋を使ってくれ」

「そ、それって大丈夫なの?」

「当分帰ってこないから問題ない。ソファーで寝るよりいいだろ」

 たしかにそうなので、不安に思いつつも厚意を受けることにした。

 階段を上りきると、ドアがいくつも並ぶ廊下に出た。片側は窓で、中庭が見える。ここにも飾りチェストがあり、ブドウが描かれた皿が飾られている。

 ドアをいくつか通りすぎたところで、イルケトリが鍵を開けて部屋に入った。

「ここだ」

 天蓋のついたベッドだったらどうしよう、と思っていたが、こげ茶の木製ですっきりとしたベッドだった。同じ色のデスク、チェスト、クロゼットがある。窓にはレースのカーテンがかかっていて、じゅうたんは深い緑色だ。豪華すぎずエミリーは胸をで下ろす。

「デスクに何か入ってるかもしれないが、基本的に好きに使っていい」

 イルケトリが重そうな音を立ててトランクを三つ下ろす。エミリーは絶対にクロゼットに服がおさまりきらないだろうな、と思った。

 荷物を置いたあとは、館の中を簡単に案内された。二階は縫い手それぞれの部屋と応接間で、一階に下りると、食堂、厨房、洗濯室、倉庫と順に説明される。

「静かなんだ。もっとミシンの音がするのかと思ってた」

 廊下を歩きながら、エミリーは隣のイルケトリを見上げる。

「うちは全部手縫いだ。注文服はまだ手縫いのところが多い」

 エミリーは「そうなんだ」とうなずく。工場のようにたくさんのミシンがあるのかと思っていた。

「これから作業場に行ってお前を紹介する」

 イルケトリの言い方は何気なかったが、ついに来たかとエミリーは体を硬くする。

「全員装縫師そうほうしなんだっけ。何人なんにん?」

「三人で、全員装縫師だ」

 思っていたよりも少なく、エミリーはほんのわずかに安心する。

「何で装縫師じゃない人はいないの?」

「装縫師のほうが技術力が高いからだ。まあほかにもいろいろあるが」

 装縫師は苦手だが、三人だというし仲良くなれるかもしれない。

 今日、エミリーはシャーメリーで初めて手に入れた真紅のドレスを着てきた。うまくいきますようにというおまじないだ。

 四角く開いた首元には生成きなりのオーガンジーレース、胸にはバラのレースが二本、縦に縫いつけられている。袖は二段のパフから緩やかに広がっていて、スカートは生成の綿に、腰から真紅の布を巻いて重ねたようなデザインになっている。胸元、スカートには細いピンタックがふんだんに入っていた。

 本当はこのドレスに合わせて作った真紅のリボンもつけたかったのだが、魔飾ましょくと言われた以上、つけることはできなかった。かわりに、生成のレースにギャザーを寄せて段に重ねた髪飾りをつけた。イルケトリにも「魔飾のことは誰にも言うな」と行きの馬車で釘を刺されていたから、今後リボンはつけずにしまっておくつもりだった。

 ほかの部屋と変わらないドアの前で、イルケトリが立ち止まる。

「ここが作業場だ」

 開かれたドアの向こうへ、エミリーは踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る