1話 運命の王子様(5)
昼時のマスカルにやって来た警察官に手錠をかけられて、エミリーは警察署に連れてこられた。
真紅のリボンは押収され、今は窓に格子のはまった部屋で、中年の警察官と向かい合いながら取り調べを受けている。
「何かの間違いですよね?」
エミリーは目の前で調書を取る警察官を見つめる。マスカルにやって来た警察官は、魔飾に反応するというステッキをエミリーにかざして、リボンが反応したと逮捕したのだ。
「間違いじゃあないですよ。お嬢さん」
警察官は顔を上げない。
「そんなわけないです、だって万が一布が魔力を持ってたとしても、素人が魔飾なんて作れるはずない。それにもし魔飾だったとしても、知らずに持っていただけで罪になるんですか?」
警察官は調書から顔を上げた。目は鋭く、笑っていない。
「『人殺しが罪だなんて知りませんでした。それでも罪になるんですか?』なんて聞かれたら、答えは決まってますよね? 罪は罪です。それ以外の何でもない」
エミリーは手錠をかけられたままの手を、ひざの上で握りしめた。理不尽だ。けれどそれが、現実だ。
ノックの音がして、警察官が立ち上がってドアを開ける。隙間から、やけに低姿勢で中をうかがう若い警察官の姿が見えた。
「な、何のご用でしょうか」
恐縮そうに若い警察官が言って、中年の警察官は顔をしかめる。
「それはこっちのせりふだ。ふざけてるなら罰するぞ」
「ええ? 上官から終わったらこちらに来るように言われたんですが……」
「呼んでないぞ。またお得意の空耳か?」
若い警察官が慌てふためいて、中年の警察官へ身を乗り出して何やら話し始める。その拍子にさらに開いたドアの、向こう側に、見えた。
気だるげに遠くへ視線を投げている、それでも綺麗な立ち姿の男性が。
イルケトリに間違いなかった。
エミリーは思わず立ち上がろうとした。けれど腰にくくられた
どうして、ここにいるのだろう。エミリーのことで参考人として呼ばれたのだろうか。それとも。
助けに来てくれたのだろうか。
そんなわけがないと分かっていても、淡い期待がよぎる。助けてくれるのではないか、そう思った。けれど。
イルケトリは険しい表情になって、エミリーから目をそらした。
体が冷える。薄くいだいていた疑念が形になっていく。
急に逮捕されるなど、おかしい。エミリーのリボンが魔飾だと言ったのはイルケトリだけだ。
イルケトリが、密告したのか。
空っぽになった意識のなか、小さな靴音が耳に入る。段々大きくなって、駆けてくる。
「失礼します!」
別の大柄な警察官が、若い警察官を押しのけて入ってくる。
「何だ。緊急じゃないなら罰するぞ」
「緊急です。まだ検査の途中ですが、赤いリボンの魔飾、現時点で『惑いの真紅』の可能性が高いと判明しました」
中年の警察官が目を見張る。若い警察官が息を飲んで動きを止める。
高い靴音が駆け寄ってきて、エミリーは体をこわばらせて人影を仰ぐ。
「お前誰からそれを受け取った?」
切羽つまった表情のイルケトリが、エミリーを見下ろしていた。
「ああ、困ります! 勝手に入らないでください!」
正気づいた若い警察官が泣きそうな顔になって、勝手に部屋に入ってきたイルケトリの腕を引っぱる。イルケトリも今気付いたとばかりに警察官を見やる。
「ああ、失礼。彼女と少し話をさせてもらいたい」
「そんなのだめに決まってるじゃないですか!」
「まだこちらの取り調べも終わっておりませんのでね、そういうわけには」
中年の警察官が愛想も何もない表情で歩んでくると、イルケトリは瞳を細めた。
「つい先ほど、わたしの素性を彼に話しましたが」
イルケトリが若い警察官を手で示すと、警察官はすくみ上がって小さく声をもらし、恐る恐る中年の警察官へ近付いて耳打ちした。
耳打ちを受けた中年の警察官は威圧するような目でイルケトリを見ていたが、体を翻して壁際へ立った。
「あまり変なことを聞かれても困りますがね。おかけになったらどうです? あいにく座り心地の悪い椅子しかありませんが」
「結構だ」
中年の警察官が声をかけて、若い警察官と大柄な警察官が部屋を出ていく。
椅子から立ち上がることもできないまま、エミリーはかたわらに立つイルケトリを見上げた。
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