1話 運命の王子様(4)

 装縫師とは魔力を持った服飾品を作れる者のことである。この世界のあらゆるものは微弱な魔力を帯びており、装縫師は材料から魔力を引き出して服飾品の形にする。強く魔力が引き出されたものを『身につける』ことによって、初めて魔法、たとえば炎を放ったり、はるか遠くのものが見えるようになったりといった、特殊能力が使えるようになる。

 そうして魔力が引き出された服飾品・装飾品を『魔飾ましょく』と呼ぶ。軍服、手袋などの小物、ほかに貴彫師きちょうしが作る指輪などのアクセサリーが主となっている。

 作られた魔飾の大半は輸出され、残りは軍へ支給される。魔飾とその材料は国が厳しく管理しており、一般市民の手に渡ることはない。

 そんな魔飾を扱うのだから、装縫師は国家資格となっている。なぜ服も作れないエミリーのことをイルケトリは装縫師だと決めつけているのか、エミリーは額に手を当てて途方に暮れたくなってきた。

「いや、あの、全然分からないです。あたしは装縫師でも何でもないし」

 イルケトリは小さく首をかしげる。

「お前のリボンは魔飾だ。作ったんだろ? だから装縫師だって言った」

 エミリーはとっさに左頭の赤いリボンを押さえる。たしかに作ったし、手作りだとも言い当てられたが。

「作ったのはそうですけど、でもこれは普通の布だし、魔飾の布なんて手に入るわけないし、そもそも服も作れない素人が魔飾なんて作れるんですか?」

「作れないが? 何言ってるんだ?」

「いやあなたが魔飾だって言ったんでしょ? 違いますけど!」

 けげんな顔をしたイルケトリに、エミリーは思わずつっこんでいた。

「それは魔飾だ。間違いない」

「だから何でそんなに自信満々なんですか?」

「勘だ。俺は装縫師とか、装縫師になれそうな人間とか、魔飾を見ると何となく『分かる』」

「いや、勘って!」

 もう一度つっこんでしまったが、イルケトリのまなざしは真剣で、エミリーは体をこわばらせる。

「俺も装縫師だ。俺の勘は絶対外れない。俺の魔飾は『直感』だからだ」

 エミリーは目を見張った。装縫師だったのかと、視線を外す。

 けれど、もっともらしいことを言われても、エミリーには本当かどうか見分けるすべがない。それにエミリーは装縫師ではないし、リボンも魔飾ではない。

 エミリーはまっすぐイルケトリを見つめて、向き直る。今度こそ伝わるようにと願う。

「分かりました。でも、あたしは服を作ったこともないし、装縫師でもないし、リボンも魔飾じゃありません。本当です。『直感』で本当だって信じてもらえないんですか?」

「『直感』は装縫師に関することが何となく『分かる』だけだ。うそを見抜く力じゃない」

 けれど、ずっと不思議そうだったイルケトリの顔が、曇っていた。

「お前、本当に装縫師じゃないのか?」

 エミリーは頷く。

「ならその布はどこから手に入れた?」

「母の形見です」

「装縫師だったのか?」

「違いますけど……」

 イルケトリはますます顔を曇らせて、エミリーから目をそらしてしまった。何か変なことを言っただろうかと思いつつ、イルケトリが口を開かないので、エミリーは半分ほどになっていたパイを食べ始めた。

 最後の一口になったところで、イルケトリがはっきりとした目で見つめてくる。

「お前、やっぱりうちで働け」

 エミリーは顔を覆ってうつむきたくなった。

「あの、人の話聞いてました?」

「聞いてる。別にふざけてるわけじゃない。お前、このままだと捕まるぞ」

 エミリーは眉をひそめる。

「どういうことですか?」

「どうしてお前の手元に魔飾の材料が来たのかは分からない。けど装縫師でないなら魔飾を持ってるだけで捕まる。見ただけじゃ分からないから今までは見逃されてたんだろうが、調べられればすぐに分かる」

 たしかに魔飾は軍人や製作に関わる者以外、持つことを許されていない。持っているだけで罪になる、が。

「あの、そんなに言うなら魔飾だって証拠を見せてください。魔飾って魔法が使えるんでしょ? そんなの一度も使えたことない」

 エミリーはさすがにうんざりしてきて、イルケトリに抗議の目を向ける。

「無意識に作ったから使えないんじゃないか。何にせよ俺のところに来れば、お前が資格を取るあいだごまかしておける。悪くない話だと思うが」

「そんな急に言われても。大体どうしてそこまでしてあたしを雇いたいんですか? あなたに何の得があるのか分からない」

「興味がある。無意識に作ったってことは、それなりの素質があるはずだ」

 そんなことを言われても、突然、会ったばかりの人に装縫師になれと言われても、困る。

「あなたの話が本当でもうそでも、あたしは装縫師になる気はありません」

「少し考えてくれていい。また返事を聞きに来る」

「待たれてもなりたくないんです」

 イルケトリはエミリーの表情を読み取るように、わずかに視線を止める。

「どうしてもなりたくない理由があるのか?」

 エミリーは苦い気持ちで、目をそらす。そのとおりだ。けれど理由などなくとも、突然装縫師になれと言われて受け入れるほうが少数派だろう。本当の理由など言う必要はない。が、逆に言ってしまって、印象を悪くして、諦めてもらえばいいのだと浮かんだ。

 エミリーは罪悪感と拒絶の中でイルケトリに視線を戻す。

「気を悪くすると思いますけど、あなたが聞いてきたんですからね。あたし、装縫師が嫌い、というか苦手、なんです。望まなくても、人を傷付けるから。人を、殺してしまうかもしれないから」

 幼いころ、エミリーは装縫師になりたかった。九歳のとき、初めてウサギのマスコットを作って、心をこめて作ったもので魔法が使えるなんて、何てすてきなのだろうと胸に希望があふれた。けれど大きくなるにつれて、魔法は夢のように楽しいものではなく、国の防衛や戦争で使われるのだと知った。

 もちろん、魔飾が必要なのは分かっている。けれど、もしエミリーが装縫師になって、作った魔飾で誰かが傷付き死んでしまったとしたら、耐えられない。

 だから、エミリーは装縫師になる夢を捨てた。名誉な職だとたたえられていても、エミリーにとってはそうではなかった。

「だから、なりたくないんです。ごめんなさい」

 これで、イルケトリもエミリーに憤慨ふんがいして、諦めるだろう。遠回しに人殺しと言ったようなものなのだ。

「俺のメゾンは装縫師しか雇わない。けど絶対に魔飾を作らない」

 エミリーはうつむけてしまっていた顔を上げた。

 イルケトリは憤慨どころか、とても静かな目でエミリーを見ていた。

「それでも嫌か?」

 装縫師なのに、魔飾を作らない店をやっているのかと、ただ意外に思った。けれど。

「『装縫師』になりたくないんです。どうしても。だから、ごめんなさい」

 イルケトリは小さく息を吐いた。

「分かった。これで諦めがついた。無理に聞き出して悪かったな」

 緩く微笑まれて、エミリーは「いえ、あたしこそひどいことを言ったので」と首を振る。目を合わせていられなくなって、そらす。

 紙がこすれる音がして、見るとイルケトリが残っていたパイを食べていた。エミリーも一口だけ残っていたパイを口に入れる。変わらず、甘い幸せの味がした。

 家まで送るというイルケトリの申し出を丁重に断り、大通りで別れた。エミリーはイルケトリの後ろ姿が人波の中に消えるまで、眺めていた。

 不思議な一日だった。きっともうこんなことはないだろう。振り回されはしたけれど、まだ宙に浮いているような、悪くはない感覚だった。シャーメリーに行けなかったのだけが心残りだ。

 けれど。一週間後、エミリーは魔飾を持っていた現行犯として、逮捕された。

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