第7話 召喚獣 ラグナレク
書庫での報告を終えて、いつもの場所で訓練を行おうとしたとき――。
「ライラさんですよね?」
聞きなれない声に呼び止められ、振り返ると、少年が立っていた。
「そうですが。なんですか?」
「この間は、助けていただきありがとうございました。これまでのご無礼お詫び申します。」
やや隣国の言語交じりで、いきなりお礼と謝罪をされた。
「この間?」
「ウィルター公国の帰りのことです。」
「ああ...。」
「その時のことでしたら気にしなくても構いませんよ。ほかのことも私は気にしていませんよ。」
言外に相手にしていないとライラは告げる。
「あの、実は...」
少年はなぜか言いよどむ。
「ところであなたはどなたかしら?」
少年が言い出すのを待たずに、ライラは尋ねる。
「わたしは、キース・ハミルと、いいます。」
しどろもどろになりながら少年は答える。
「ご指導お願いできませんか?」
召喚師でなる国の兵団は民族によらず、入団できるが、(もちろん、入団試験がある)内実は民族差別は色濃いといえる。その上、徹底した実力主義であり、実力を伸ばす方法にこれといったものがない。召喚師についてわからないことばかりなのである。そのため技術について体系化されていない。師、とは名ばかりだ。だから、民族の違いは不満のはけ口になりやすい。自分の能力が低いと分かったものは、大抵、研鑽のいらない日々をはけ口などを探しながら過ごすことが多い。少年、キースのようなものは少ない。
エルフであるライラを差別しないということは、ライラにとってうれしい話だった。だが、ライラは戸惑った。ライラは、ついこの間召喚獣を呼び寄せることができた素人である。記憶もあいまいで、とても人に教えることなどできたものではない。ライラはいまだ、アーレイに教えを乞う身なのである。
「キース様。私に召喚師として他の人に指導することはできません。私も訓練中なのです。すみません。」
迷ったが、最終的に断ることにした。
「わかりました。ですが、気が変わったらいつでもお願いします。」
キースはあっさりと、引き揚げていった。しかし、わかっているのかどうかはよくわからない。
考えることが増えて、ライラは心の中でため息をつく。
「いこう。」
アーレイに促され、訓練を始めたのだった。
「はじめよう。」
「ライラには召喚獣ができたから、呼び出すところから。力が集まり、召喚獣のに代わるようイメージする。」
そう言ってアーレイは、手本を見せる。
「やってみて。」
ライラは、光を集めて赤い獣になるよう想像する。すると、そこにはこの間の獣がいた。
「できたね。次は名前を...。」
「名前はあるみたいですが...。」
ライラが口を挟む。
「えっと...。」
そういいながら、獣のほうを見る。
「...ラグナレク。」
獣はあきれたような顔で名乗る。
「ラグナレク?」
「...みたいです。」
「ラグナレクは話せるの?」
アーレイが不思議そうに聞く。
「名は?」「Wie heizen Sie?」
ラグナレクは話にかまうことなく問いかける。それを聞いたアーレイがわずかに眉をひそめた...気がした。
「...大陸古語?」
「アーレイ様?」
アーレイはラグナレクを見ている。
「ラグナレク様?」
「ラグナレクは大陸古語を話すの?」
「えっ?」
ライラには何が起こっているのかわからない。
すると、ラグナレクが興味がなさそうな声で尋ねた。
「今は何年じゃ?」
「えっと...新帝国歴32年ですが?」
「新帝国歴?旧暦は?」
「旧暦?大陸歴のことですか?」
「ああ。何年じゃ?」
「今年で確か5820年くらいになると...」
「ライラ?何話してるの?」
アーレイに聞かれ、どういえばいいか戸惑っていると...。
「主以外にはわからぬ。」
ラグナレクが言う。
「では、大陸古語というのは...?」
「別の言語に聞こえているのじゃろう。その言語は広まっていないのではないか?」
「アーレイ様。大陸古語というのは?知られていないのですか?」
アーレイは変わらない様子で答える。
「大陸に古くに伝わった言語。資料は失われて残っていないとされる。」
「古くからいたから大陸古語しかしゃべれぬとでも言っておけばよかろう。」
ラグナレクが口を挟む。相変わらず興味のなさそうな口ぶりだ。
「ラグナレク様は古くからの召喚獣ですので、大陸古語しかしゃべれないそうです。」
「ライラはラグナレクの言ってることがわかるの?」
「様はいらない。」
ラグナレクとアーレイが同時にしゃべる。
「はい。なぜか...。」
ライラは、アーレイに先にこたえることにした。
「そう。」
「ですが、ラグナレク様。」
「なぜ、そこの者がラグナレクと呼び、主のお前が様をつける?」
「それでも...。」
言い渋るライラにかまうことなく、ラグナレクは言い募る。
「背中がむずむずするであろうが。」
ライラは、あきらめることにした。疲れを隠せない声で返答する。
「...わかりましたよ。ラグナレク。」
「うむ。分かればよい。」
アーレイが口を挟む。
「名づけの儀式は?」
「名づけの儀式...ですか?初めからラグナレクと名乗っていましたが?」
「初めから?」
「名を受け取るのは弱いものだけじゃ。我には必要ない。」
相変わらず2人同時にしゃべる...。
「どういうことですか?」
アーレイの話を聞きながら小声でラグナレクと話す。
「あの者に聞かせてよい話ではない。じゃから、我の言葉をあの者は理解できぬであろう。」
「それで、アーレイ様はラグナレクの言葉がわからないのですか?ですが、私がラグナレクから聞いたことを話せば意味がないのでは?」
「それだけではないが、それもあるということじゃ。主が話すときは、主が決めればよい。我には許されておらぬ。じゃが主が決めようとも聞かせてはならないもあるし、言わぬほうがいいこともある。」
「主が一人の時に話してやろう。」
アーレイが話している。
「この世界には、命の源のような力がいたる所にあるとされている。召喚師はその力を操ることができる。
その力を使って召喚師は召喚獣を召喚したり、それを使役する。」
秀才だからか、説明は言葉足らずではなく、いつもより話しているように思える。アーレイは学問が好きなのかもしれないと思った。説明が終わり、各自で訓練を始めたころ(召喚師が共同で何かをすることは少ない。お互いの力が相手に干渉するため上手くいくことがないのだ。)
「ああ。主は我を呼んだあと倒れたのではないか?」
「どうしてそのことを?」
言ってから,ライラは後悔した。ラグナレクがニヤッと笑ったのだ。
「それは今、そこの嬢ちゃんがいった力、生命の源のようなもの、我は波と呼ぶが、その波の使い方が上手くないからじゃ。しばらく、波の使い方を練習すればよい。後で、杖をやろう。波を使うのが少し楽になるはずじゃ。」
ラグナレクは、話をやめ、独り言を言い始めた。
「しかし、今が大陸歴5800年とは...。」
「ライラ。我がいても今、あまり力になれることはないじゃろう。久々に、あたりを見てくる。名を呼べば、いつでも主のもとへ行く。では、言ってくる。」
こちらの都合も聞かずに、言うだけ言って、どこかへ行ってしまったラグナレクを目で追いながら、ライラは軽い頭痛を覚えた。
「はあ...。」
そのため息でアーレイが、ラグナレクがいなくなったことに気づく。
「ラグナレクは?」
「久々にあたりを見て回ってくるそうです...。」
「...そう。何か言っていた?」
「力を制御する練習をしたほうがいいと。」
ライラとアーレイは顔を見合わせたのだった。
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