第3話 side story エルフの歴史
ライラと初めて戦場から帰ってきた――。
アーレイは、今、講義の申請中だ。
ここ、フルートリー帝国では内実はどうであれ、召喚師は破格の扱いを受けることができる。講義を受けることも、そのうちの一つだ。申請一つで講義を受けられる。
講義は、生活、政治、召喚師として必要なこと、のような実用的な内容だけでなく、教養、趣味に近いことでもだ。
国が侵略に躍起になっている現在、講義を受けること自体が難しいと思う。教養に近い内容ならなおさらだ。
国民は技術をどこで学ぶのだろうか。関係のないようなことを考えながら、申請を終える。
この講義を申請するものは召喚師の中でも少数派である。技術は、専任で活躍している召喚師から学ぶ上、身を立てるための勉学の必要性が召喚師にはない。
そのため、申請しても希望どうりの講義を受けられるとは限らない。その上、講師を選別するのは、国の役人だと聞いたことがある。
講義の希望を明確にしておくほうがいいだろう。
希望は、歴史、民俗について。
講義が始まるのはおよそ1週間後だと言われ、宿舎に帰る。
一週間後――。
講師としてきたのは、特に目立ったところのない高齢の男性だった。歳は60くらいだろうか。正直、頼りなさそうというような、印象に残りにくい外見である。
「初めまして。君の講義の担当になります。ヤーシュです。」
男性、ヤーシュはゆっくりとした口調で穏やかに話す。
「初めまして。よろしくお願いします。」
「名前を聞いてもいいかい?」
「アーレイです。」
「そうか。アーレイ君と呼んでも?」
「どうぞ。」
「聞きたいのは歴史だと聞いているが、あっているかい?」
「はい。できれば建国の話や...エルフについても。」
「エルフについて...かい?」
エルフについて聞きたがる者はいないのだろう。自分たちが見下し、恐れるものを知りたいと思うものはいない。それでも、わざわざ講義を受けているのはエルフのことを知りたいからでもあった。
「ご存知でしたら。」
「そうか...。君は建国やエルフについてどう聞いている?」
少し真剣な顔でヤーシュは尋ねる。
「建国の際、人間に害をなしたことを理由にエルフは迫害され、数と所有地を減らし、現在でも自治権は回復していないぐらいのことしか...。人間はエルフの土地を得たため、繁栄し、国土の大半は元はエルフが住んでいた場所だと。」
「ほう...。それはどこで聞いた?」
「貴族学院で...少しだけ。」
アーレイは、少しの間の、貴族の学院で学んだことがあった。貴族の血統意識に常時うんざりしていたが。
父親の援助を受けることなく、入学しただけでなく、学業をそつなくこなし優秀ながら、彼らと交流を持とうとしないアーレイは、妬みや排斥の対象にされていた。
「それは、帝国側の歴史だね。おおむねその通りだよ。だが、エルフに伝わる史実は違う。」
淡々と語る。
エルフに伝わる歴史――。
エルフたちと人間は、古くは仲の良い隣人のような交流があった――。
しかし、何が発端だったか、とても些細なことでいさかいになったと聞いている――。
そのことで、エルフと人間の価値観の違いが浮き彫りになった。エルフは忠実に世界の理を守ることを選ぶ。その時もそうだった。それから、仲の良かった時には気にならなかった違いに目が向くようになっていった――。
最終的に、人間側が理解できない彼らを疎むようになり、いつしか侵略し、エルフは数を減らし、世界の一部で細々と暮らすようになった――。
「これが、エルフに伝わる歴史だ。」
「エルフの語る歴史と人間の語る歴史は同じときの、同じ場所で起きた出来事だ。だが、内容は同じではない。君はこのことについてどう思う?」
アーレイは、少し考える。
「エルフの語る歴史が、私が聞いたものと違うことは初めて知りました。違う見方が存在するのであれば、どちらも完全に正しいということはないのでしょう。ですが、体験したものがいるのなら、すべてが偽りでもない。見方によって世界は違って見えるのですね。」
「そうだね。僕は、このたくさんの解釈とそれが存在する世界をパラレルワールドと呼んでいる。」
ヤーシュの語るの口調にだんだん熱がこもる。話を聞きながらも、珍しい人物だとアーレイは感じていた。
政府の差別化にあるエルフの歴史を知っているばかりか、違う歴史を楽しそうに語る様子からは、今の時代を生きるのは大変そうだ、と人ごとのように考えていた。
「エルフと交流しているのですか?」
アーレイは聞く。歴史の内容もそうだが、一時とはいえ、この国では高い水準の教育を受けていても聞かなかったことばかりだ。
「そうだ。もうすぐ30年近くなるなあ。」
エルフなど現代では世界の片隅に住まうもので、会うこと自体がまれだ。帝国はおろか、諸外国でも評価されないに違いないことを30年もかけて調べる者がいるとは、世の中には変わった人もいるたものだ。
しかし、貴族学院のように退屈だとは感じなかった。
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