File.3 KFKの脅威
『時刻
小型ヘッドセットから流れたその報告は、現場の監視対象に気づかれないよう小声で発せられていた。
「わかった」
『まだ続けますか? リーダー』
「待っていればきっと異変は起こるはず。引き続き監視を頼むわ」
『了解』
そこまで聞き届けて、私は一時的にペンを置く。
私たち〈KFK〉は皆、共通の目的の下に集った同志だ。
私たちは心の安寧を保つために、日々学校内で起きる事案の調査を行っている。
調査には会長である私自身が現場に出向くこともあるが、今回は部下に調査の経験を積ませるため、私は記録に徹している。
部下にはなるべく現場を見て、その空気に触れてもらいたいのだ。
それを通して彼女たちの視野と想像力が広がっていけばいい。
『時刻
「内容は聞き取れる?」
『はい、その……どうやら、Xを――』
彼女が告げた内容は衝撃的だった。
すぐに私は記録する。
「なるほど……。有力な情報をありがとう」
『はい。……――! リーダー、事案が発生しました!』
突然、彼女が声を荒らげる。
「それは本当か!?」
『はい。対象二名の物理的な接触を確認しました!』
「詳細を頼む」
『了か――か、会長! こちらの存在に気づかれました!』
「なに?」
おそらく、報告の声が大きすぎた。
今回現場に向かわせた彼女はまだ新人で、監視も今回が初めてだったはず。
衝撃的な場面を目にしてしまい、興奮から声を抑えることができなかったのだろう。
『申し訳ありません、会長』
「気にしないで」
今回は仕方がない。他の部下もこういう経験も経て成長し、一人前になったのだ。
今回の失敗は水に流して、これからの彼女の成長に期待しよう。
その前にまず――
「急いで私も現場に向かうから安心して」
部下の失敗をフォローするのも私の役割だ。
>―――――>
「ここで何やってるの? 素藤さん」
事案の発生現場――風紙高校二年五組の教室にいた
そこにいたのは、自分と同じ二年五組に属する女子生徒、
「え、え~っと、その~……」
夏菜は明かにオドオドとした様子で、元春の視線から逃れようと顔を背ける。
「そ、そう、忘れ物を取りにきたの!」
妙案を思いついたとばかりに言い切った。
明らかに胡散臭かったが、元春は深く追求せずに次の質問に移る。
「ふーん。ところで、さっきまでそこに誰かいたの?」
「べ、別に、誰もいなかったよ!」
「でも、なんか喋ってなかった? 確か、事案がどうのこうのって……」
「ソ、ソンナコトイッテナイヨ」
「……なんで片言?」
元春と夏菜がそんな会話をしていると、教室の奥から声が響いた。
「元春、どうしたの?」
同じく二年五組の生徒で、元春の男友達ある
そして言葉を交わしていた元春と夏菜の方へと歩み寄っていった。
「いや、それがな――」
視線を亜基の方へ動かす過程で、元春の目は異物をとらえた。
夏菜の耳元に、小型のヘッドセットのようなものが装着してある。
さっきまでは肩口まで伸びた髪に隠れていて気づかなかった。
そしてそのヘッドセットに、元春は見覚えがあった。
「……素藤さん。その、ヘッドセットってまさか――」
「その通り!」
元春が言い切る前に、快活な声が割って入ってきた。
元春、夏菜、亜基の三人が声のした方を向く。
廊下の向こうから悠然と歩いてきた女子生徒が、元春たち三人の前で立ち止まった。
「……やっぱり。またお前かよ、弥生」
元春は、その女子生徒――
「夏菜。もう大丈夫だから、本部に戻って」
「う、うん」
「こんな時間まで付き合わせちゃってごめんね」
「私も好きでやってるから大丈夫だよ、弥生ちゃん。じゃあまたね」
それだけ言って、夏菜はどこかへ去っていった。
夏菜が離れていったのを確認した弥生は、元春に近づき、極めて楽しそうに話し始めた。
「よく私ってわかったね」
「素藤さんが付けてたあのヘッドセット、いつもお前のサークルの人たちが持ってるやつと同じじゃねーかよ」
「そんなことまで気づくとは、さすが元春」
「何回もお前の被害くらってるもんだから、そりゃ覚えるっての。いい加減、俺を被害者にするのはやめろ」
「いーや、やめないよ。それが私の――私たちの
変わらない幼なじみの姿を見て、元春はとうとう本格的な溜息をついた。
「えーっと……元春? これどういうこと?」
一人だけ状況を呑み込めていない亜基が訪ねると、元春は「あー……」と面倒くさそうに唸った。
「よし、じゃあ私が説明するよ」
元春の言葉を待たずに、弥生が高らかに告げる。
「私たちは『風紙高校腐女子の会』、略して〈KFK〉! そして私がその創設者兼リーダーの八草弥生よ!」
「……『ふじょし』って?」
亜基の疑問に、元春が補足する。
「ほら、あれだ。男同士の恋愛を妄想したり、そういうマンガとかを好んで読んだりする女子のこと」
「その通り! 私たち〈KFK〉は、そんな腐女子の同志が集まったサークルよ。その目的はずばり、彼女たち全員の心の安寧を保つこと! 主に学校内の男子生徒の絡みを観察して、妄想の餌にすることなのよ!」
「……つまり?」
いまいち状況が読み込めずに疑問を返す亜基に、弥生は端的に言う。
「つまり、元春と清水君がホモってこと」
「おいなぜそうなる」
冷たいツッコミを返したのは元春だった。
「毎度毎度、俺を勝手にホモにするな。俺は亜基に勉強を教えてただけだ」
「で、元春は結局誰が本命なの? 平子君? それとも魅月君?」
「……人の話を聞けよ……。亜基、お前もなんか言ってやれ」
急に話をふられた亜基は、戸惑いながら、
「そ、そうだよ! 僕は元春のことなんて好きじゃないよ!」
「え? じゃあ嫌いなの? それはそれで萌えるからいいけど」
「い、いや、嫌いとかじゃなくて……その……友達的な意味では好きだけど」
「大丈夫! それだけで十分ホモだから!」
「どうあがいてもホモなの!?」
「何言ってるの? そうに決まってるじゃない!」
弥生は、勢いよく亜基を指す。
「わたしは見ていたの! 清水君が元春を欲して彷徨っていたのを!」
「その言い方やめて! 僕はただ、テスト前だから勉強を教えてもらおうとして! それで元春を探してただけだよ!」
「それだけじゃない! 元春を見つけたときの清水君のホッとした顔も、ちゃんと見てたんだから!」
「怖いよ! なんでそんな細かいとこまで見てるの!?」
「そこにホモがあるからよ!」
「やめて!! 僕はホモなんかじゃないよ!」
「でも、元春に勉強を教えてもらわないとダメなんでしょ?」
「そりゃ……まあ」
「やっぱりホモじゃないか!!」
「なんでそうなるのさ!?」
「え? だって、つまり清水君は、元春がいなきゃダメなんでしょ?」
「そんな『当然のことでしょ?』みたいに言わないでよ。僕が間違ってるみたいじゃん!」
「その通りよ。清水君、あなた自身が違うと言っても、あなたが巻き起こしたこの一連の事案はまごうことなきホモなのよ! 証拠もあるの!」
「証拠?」
「そう!」
弥生が、ポケットからメモ帳を取り出し、ページをめくる。
「元春、あんたさっき、何してた?」
元春は思い出す。夏菜や弥生の乱入の前に何をしていたか。
「亜基に勉強教えてたけど」
「そう、そのときに元春はこう言ったわ。『ここはXにYを入れれば解ける』って」
「それがどうした。普通に数学の話してるだけだろ」
「いや違うわ。Xは『*』と同様に穴の暗喩と受け取れる。ともすれば、Yは下部を先端に見立てた尖塔状の物体。それを入れるというの……!?」
「いや数学だろ」
「甘いわね。元春は『代入』じゃなくてわざわざ『入れる』という言葉を使ったのよ。そこに意図は必ずある。無意味じゃない意図が!」
「ないだろ。ってか素藤さんに監視させてたなら勉強してただけって知ってるだろ」
「残念。私は報告を聞いていただけで何も見ていない。つまり教室の中で元春と清水君が勉強をしていたか、それとももっといかがわしい行為をしていたか、どちらの可能性も存在するの。シュレディンガーのホモよ」
「シュレディンガーさんに謝れ」
弥生の奇行にすっかり慣れている元春は、ただただ面倒くさそうにしていた。
「……ってかテスト前なんだから、こんなことしてないでお前も勉強しろよ」
「腐女子のリビドーをこんなことで済ませないでほしいな。それに私、勉強もちゃんとしてるよ」
「そうなんだよな……。それだけ趣味に熱心なのによくやるよ。ホント、要領いいっつーかなんつーか……」
弥生は、テストでは常に学年トップ十位以内の実力を持つ。しかし決して知的という雰囲気もなく、明るく活発な女の子だ。行動力もあり、容姿も良い。
ただ、その行動力が趣味に発揮されると、今回のようにホモを求めて暴走する。それが彼女の難点だった。
「――まったく、それでホモホモ言いさえしなければ男にモテるだろうに」
「なっ!」
弥生は驚いたように声を裏返らせる。
「い、いきなり何言ってるの!?」
「だっておまえ、実際のところ顔もスタイルも結構いいだろ」
「いや、モ、モモモテるって、そそ、そんなわけないじゃん! だって私腐女子だし」
「本当に、問題はそこなんだよなー。今までお前のことを好きになって、そしてその『腐女子』って実態を知って離れていった奴が何人いたか……。本当にそれさえなければ、彼氏なんてすぐ作れるのに」
「た、たとえそうだとしても――……」
「ん? どうした?」
弥生の言葉は後ろの方がボソボソとしていて、元春は聞き取ることができなかった。
「な、なんでもないから!!」
「? おい、お前顔赤いぞ。大丈夫か?」
元春は、弥生のおでこに手を当て、熱を確認する。途端、弥生は顔を更に真っ赤にして、
「も、元春のバカ――――!!」
叫ぶと同時に元春の手を払いのけ、教室から走り去っていった。
取り残された元春と亜基は、弥生が廊下を駆けていく音を呆然として聞き届けていた。
>―――――>
弥生の足音が聞こえなくなったところで、初めに口を開いたのは元春だった。
「……熱とかはないみたいだったけど、あいつ大丈夫か?」
それに応じて、続いて亜基も口を開いた。
「いやまあ、体調は良くても精神的にはいろいろきついのかもしれないよ」
「なんだそりゃ」
元春が、発言の意図を読めずに首を傾げた。
「つまり、八草さんも不憫だなってことだよ」
「……ますますわかんねぇよ」
「まあ、これは僕が言わない方がいいかもしれないから気にしないで」
「?」
亜基は、さっき弥生が小声で言った言葉をかろうじて聞き取っていた。
『たとえそうだとしても、好きな人に振り向いてもらえなかったら意味がないのよ』
弥生が元春を好きだということは、去る寸前の彼女の態度を見れば明らかだった。少なくとも亜基の目には。
しかし当事者である元春は、そんなことをなかなか気づかないようだ。
だからといって部外者がその事実を当事者に告げるのも無粋なことだ。
「…………」
果たして、元春が弥生の気持ちに気づく日はいつになることやら。
亜基はそんな懸念をしながら、苦笑いを浮かべた。
……それにしても――
「――人をホモにするのはやめてほしいな」
「ああ、まったくだな」
「……ちなみに元春は、八草さんのことどう思ってるの?」
「……幼なじみの腐女子?」
「なるほどねー……」
やっぱり、彼女の恋路は険しそうだ。
……まあ、少なくとも今は、そんれよりも大事なことがある。
「とりあえず勉強の続き教えてよ」
「おー、わかった」
亜基にとっては、目先のテストでいい点を取ることの方が大切だった。
元春に頼らないといけないという意味では、弥生の言っていたこともあながち間違いではないのかもしれないなと、亜基は思った。
……決してホモなどではなく。
――***――
出席番号16
出席番号18
出席番号32
出席番号38
――***――
風紙高校二年五組の日常 吉宮享 @kyo_443
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