File.2 ドッペルゲンガー・サドンデス
朝、登校して席に着いたら、右斜め後ろの席のクラスメイト――
「なあケンザン」
「お前そのあだ名やめろ」
「別にいいじゃん。みんなこれで呼んでるんだから」
「そもそもお前が呼んだせいで広まったんだろ」
「かっこいいと思うけどなー。ケンザン」
「俺は思わないけどな」
「まあ、それは置いといてさ、お前昨日の夕方どこに行ってたんだ?」
「昨日の夕方? 家で本読んでたけど?」
「え? でもオレ買い物の帰りにケンザン見たぞ。道の反対側だったから面倒くさくて声かけなかったけど」
「だからそのあだ名やめろ……。お前がなんと言おうと、俺は家にいたぞ」
「うーん、じゃあ昨日のあれは誰だったんだろ」
「見間違いじゃね?」
「でも、顔が完全にケンザンだった」
「俺に似てる誰かってこともあるだろ」
「……かもな。すまん、変なこと訊いた」
「いや、いいって」
そこでチャイムが鳴り、休み時間は終わった。
◆◇◆◇◆
突然だが自己紹介をさせていただこう。
俺の名前は
私立風紙高校の二年五組の生徒で、出席番号は三十五番。
誕生日は八月三日。血液型A型。身長170センチで体重51キロ。両視力は2.0。好きな食べ物はカレー。趣味は読書。運動ができるわけでもない、取り得といえば視力がいいことと健康体であること程度の、名前以外はごく普通な男子高校生だ。
ちなみにこんな名前のせいで不本意ながら付いたあだ名が「ケンザン(見参)」。名前の前後の文字をとったようだが……俺はいいあだ名だとは全くもって思わない。
さて、皆さんは、世界には自分と同じ顔の人間が三人はいるという話を聞いたことはあるだろうか。そう、ドッペルゲンガーってヤツだ。なんでも、同じ顔の人間が出会ってしまうと、どちらかが死んでしまうとか……。
……ところでもう一度確認するが、俺は見影参。
名前以外特筆することもないただの高校生。
そのはずだ。
俺は――俺が見影参。
――その、はずなのだが……。
放課後。道端で、二人の男が言い争っていた。
「てめぇ何者だ!?」
「あなたこそ誰ですか?」
――同じ顔をした、二人の男。
顔どころか、声も、体型も同じ。
双子というにもあまりに似すぎている。
違うところと言ったら、表情と口調くらい。
片や好戦的な目で相手を睨みながら、機嫌の悪さを包み隠さず顔に表し、
片や人の良さそうな笑みを貼りつけてはいるものの、目は全く笑っていない。
顔は同一なだけに、なんだか一人の人間の百面相でも見ているかのようだ。
この百面相、共通点といえば、総じて不機嫌そうなことである。
そんな二人の男が、言い争っている。
「ママ~」
その論争の横を、五歳ほどの子供と、その母親とおぼしき人物が通る。
「このひとたち、かおがおなじだよー」
「そうだね」
不思議そうに喋る子供に、母親が笑顔を向けて応じる。
「きょうだい?」
「うん、兄弟だね」
相も変わらずに、笑顔のまま、母親は子供に話す。
「きっと、三つ子なんだよ」
その言葉の示す対象に自分も含まれていると察し、俺は苦笑いを浮かべた。
……そこの奥さん、違うよ。俺とこいつら、三つ子とかじゃないよ。
「オレがケンザンだ!」
「いいえ、僕こそがケンザンだ!」
顔の同じ二人の男は、会話の
その様子を、これまた二人と同じ顔の俺はただただ傍観していた。
――世界には自分と同じ顔の人間が三人はいる。
だからといって、まさか三人が同時に出会わなくったっていいだろ。こんな状況、いったいどんな天文学的数字の確率なら起こり得るんだ?
――要約。
俺はどうやら、自分のドッペルゲンガーに遭遇してしまったようだ。
よりにももよって同時に二人も。なにこのダブルブッキング。
……とりあえず、一つだけ言わなければならないことがある。
「お前らそのあだ名やめろおおおぉぉぉぉぉぉ!」
二人と同じ声で、俺は大きく叫んだ。
「で、お前らいったいなんなんだよ」
とりあえず、二人いるドッペルゲンガーのうちの一人――右側の方に視線を向ける。
「お察しの通り……ドッペルゲンガーです。そう呼んだ方が、いいでしょう」
「目的はなんだ?」
「かっわーれ↓」
「存在を!? やだよ! ってかお前どこの超能力者だよ!」
〇泉一樹かお前は!?
「これは……ちょっとした恐怖ですよ」
「知ってるよ! お前のせいだよドッペルゲンガー!」
今目の前にいるのは――ドッペルゲンガー。普通に考えたらこの状況は死の恐怖のはずだが、なんだこいつ全然怖くねぇ! 俺はこいつにどう対処すればいいんだ!?
頭を抱えていると、優男風のドッペルゲンガーはふっ、とため息をつき、
「……困ったものです」
「一番困ってんの俺だから」
そりゃ困って当然。こんなのがもう一人いるんだから。
「で、お前は?」
俺は、優男風ドッペルゲンガーをよそにし、もう一人の、左側の方に話しかける。
「ドッペルゲンガーだよ。文句あるか?」
「当たり前だ」
こっちのドッペルゲンガーはやけに好戦的だ。
「てめぇを倒して、俺がケンザンになる」
「……あのさ、そのダサいあだ名やめてくれない?」
「……てめぇ今オレのこのあだ名のことなんつった!?」
「お前のじゃねぇよ! それ俺のあだ名だから! 俺がなんと言おうと勝手だろ!?」
「てめぇはオレを、怒らせた」
「俺なんか悪いことしたか!? ってかジ〇ジョ大好きかお前!」
やっぱダメだ! こいつらとはまともな意思疎通ができねぇ!
……いや、落ち着け、俺。こっちまで熱くなったら完全にコミュニケーションが破綻する。一度深呼吸をしよう。すー、はー。
「……とりあえず、お前らがドッペルゲンガーだってのはわかった。じゃあ次の質問に移るが――なんで同時に二人も現れてんだよ」
「わかりませんね」と、右の優男風ドッペル。
「知らねぇよ。誰だこいつ」と、左の不良ドッペル。
「ああ、そっか。だからさっきケンカしてたのか」
どうやら今日ここで、同時に俺の目の前に出現したのは、本当にただの偶然のようだ。
「……いくら初めて会ったっていっても、お前ら同じドッペルゲンガーだろ。もっと仲良くしろよな……」
「つまんねーこと言ってんじゃねーよ!」
直情的な、不良ドッペルが叫ぶ。
「ンなことできるかよ」
「それについては僕も同意です。彼と僕の目的は同じ。いわばライバル同士。交友関係など築けるはずもありません。僕を、こんな短気で頭の空っぽな奴と一緒にしないでください」
「てめぇ今オレのこの頭のことなんつった!?」
「お前もうそのネタいいから!」
そこで、やめとけばいいのに優男風ドッペルが不良ドッペルを更に挑発する。
「僕は事実を言っているだけです。そんなにすぐ、直情的に怒りだすのは考えが足りていない証拠です。確か近くに川がありますので、飛び込んで頭を冷やしてみては?」
「てめぇはオレを、怒らせた」
「そのネタも今日二度目だろ」
……なんかもう、面倒になってきた。
「……じゃあ、あとはお二人で勝手に争ってていいので、俺は帰らさせていただきます」
俺は踵を返し、ドッペルどもから一歩遠ざかると、
「待てよ」
不良ドッペルにあっさり呼び止められた。――くそっ、失敗したか。自然な退散の流れだったと思ったのに。クラス会とかの場における、「付き合う一歩手前くらい仲のいい男女二人をその場に残して『後はお二人でお楽しみください』的なノリでさりげなく帰宅するクラスメイト」を彷彿させるほどの、空気を読んだ完璧な退散だったはずなのに。
俺が仕方なく足を止めて振り返ると、続いて優男風ドッペルが、
「結果的に、君には死んでもらわなければいけないんです。少し待っていてもらいますよ」
「そうだ、オレがてめぇを倒してケンザンになるんだ! 勝手に帰ろうとしてんじゃねぇ!」
「君は何を言っているんですか? ケンザンになるのはこの僕です」
「あ!? てめぇふざけんな! オレがケンザンだ!」
「勘違いしないでください。僕がケンザンだ」
うわ、また最初の「俺がガ○ダムだ!」的やりとりに戻ってきたよ。もうやだこいつら。そこはもう、「俺が、俺たちがケンザンだ!!」ってことで和解でもしとけよ。そもそも、そこまでして俺になり代わりたい理由はなんだよ。俺になったところでいいことねぇだろ。こんな、見影参なんて普通の男子高校生になったところで。ってか、
「なんでそんなにそのあだ名気に入ってんだよ!」
「え? だって格好いいじゃないですか」と、優男風ドッペル。
「だよな。カッケぇよな」と、不良ドッペル。
どこがだよ!!
「ほら、『見参!』って、颯爽と現れた感じで」
「『ケンザンが見参』ってか? おもしれぇな」
「やああああああめえええええええろおおおおおおおおおお!!」
俺が言ったわけでもねぇのにやたら恥ずかしいわ! あとお前ら二人でハイタッチするな! 何いきなり意気投合してんだ!?
そして全然面白くねぇよ! そんな台詞クラスで言ってもスベるだけだよ! みんな「お、おう」って、表情引きつらせながら受け流すよ! そのケンザンってあだ名マジでやめろおおおおぉぉ――――…………って、あれ?
「……お前ら、そんなに『ケンザン』になりたいのか?」
「おう、あたりめぇだ」と、不良ドッペル。
「それが存在意義ですから」と、優男風ドッペル。
……やっぱり。この作戦ならいけるかも。
「じゃあ、その名前お前らにやるよ」
『え?』
ドッペルたちの素っ頓狂な声が重なる。先の話の中で、こいつらの口から『見影参』の名前は一度たりとも出てこなかった。こいつらがなりたいのは『見影参』ではなく、『ケンザン』なのだ。だから、
「俺は『ケンザン』じゃなくて『見影参』としてこれからの人生を生きていくから、『ケンザン』という存在は二人で奪い合ってくれ。俺はちょっとこの後用事があるんで、帰らせてもらうよ」
もっとも、用事なんてないけどな。
これでなんとかごまかせないかなー。って、そんなうまくいくわけ――
「そうか。よし、わかった。『ケンザン』は俺たちで奪い合うことにする」
不良ドッペルが言った。――え? ごまかせたの? マジで? ……いや、こっちのドッペルは単細胞の気があるからしょうがない。たとえこっちを言いくるめられても、賢そうな優男風ドッペルは騙されるわけ……
「なるほど、そうですか」
……え? ちょっと待て? 何納得してんの? お前らバカなの? 死ぬの?
「用事があるところを呼び止めて、すみませんでした。あとは僕たちで片を付けますので、どうぞお帰り下さい」
「…………」
お前らそれでいいのかよ!?
盛大にツッコミを入れたかったが、せっかくごまかした努力が無駄になってしまうので、必死に言葉を飲み込んだ。
「じ、じゃあお言葉に甘えて帰らさせていただくよ」
苦笑いを浮かべながら、俺は再び回れ右をする。なんだか釈然としない気持ちを抱えたまま、しかしこれ以上面倒事に巻き込まれるのもごめんなので、ぎこちなく歩を進め始める。
「さあ、それでは始めましょう。――僕たちの戦争を!」
「望むところだ! 駆逐してやる!」
「あなたにそれができますか? 僕の戦闘力は53万ですよ?」
「戦闘力なんてのはただの幻想だ! オレがそのふざけた幻想をぶち殺す!」
「いきますよ」
「おう。オレが――」
「僕が――」
『オレ(僕)がケンザンだ!!』
…………つまり、あれだ。
世界には自分と同じ顔の人間が三人はいるというが、顔が同じだからって中身も全てが同じなんてことはない。俺はごくごく普通の高校生であるわけだが、それでも『見影参』という人間はこの世でただ俺だけ。『見影参』の人生は俺が一番よく知っているし、俺の人生は、誰にも否定できない。
一人の人間の代わりなんて、どこを探しても存在しないないんだ。
――ってな感じでカッコよくまとめれば、こんなネタが多すぎてタグに困りそうなふざけた話でも、うまく締まるだろ。
さて、帰って本でも読むか。
俺はいつもの通学路を、家へと向かって歩いていった。
◆◇◆◇◆
翌日の放課後。
「俺がケンザンだ!」
「オレがケンザンだ!」
二人の男が言い争っていた。――同じ顔の。
そしてその光景を、俺は茫然としながら見ていた。
……なんでまた遭遇しなきゃなんねぇんだよ……。
「まさかお前ら、昨日に引き続きまだあだ名の取り合いしてるのか?」
言うと、向かって右側のドッペルが、
「昨日? なんのこと?」
…………あれ? 何かおかしいぞ?
「え? だってお前、昨日もここで俺と会っただろ?」
「何言ってんの? わけがわからないよ」
「……おい、これってまさか――」
――世界には自分と同じ顔の人間が三人はいる。そう、三人は。
つまり、少なくとも三人。――最悪、四人かも、五人かも、もっといるかもしれない。
まさかこいつら――昨日とは、別人?
「……本当に最悪だよ」
俺は一つ、深~~~~いため息をついた。
「まさか昨日の奴ら以外にまだドッペルゲンガーがいたとは……。なんでそんなダサいあだ名がこんなに人気なんだよ……」
「てめぇいまオレのこのあだ名のことなんつった!?」
「いや、違った! 左側のお前間違いなく昨日のドッペルだろ!」
ってことは、昨日の勝負はあの優男風ドッペルが負けたのか!? 戦闘力53万弱っ!
と、そこで不良ドッペルが、
「ってかお前『見影参』じゃねぇか。なんだ? やっぱり『ケンザン』の称号が欲しくなったか?」
「称号!? いつの間にそんな大層なものになったんだ!? ……俺はその称号いらないから二人で取り合っていいよ」
「わかった。じゃあな」
不良ドッペルは、俺を軽く受け流す。こいつ、『ケンザン』を名乗ろうとしない奴には興味がないようだ。
一応俺も「じゃあな」とだけ返す。それから不良ドッペルは、新型のドッペルを好戦的に睨みつけ、
「よし、じゃあそろそろ決着つけるか」
「いいよ。やってみろ」
バチバチと火花を散らす二人をよそに、俺は迷わずまっすぐ、帰路を歩く。
これもしかして、明日も遭遇したりしないか? ……うん、ないとも言い切れないな。二度あることは三度あるってくらいだ。
――結論。
無限ループって、怖くね?
俺はひとまず、明日から通学路を少し変えようと心に決めて、足を進めた。
――***――
出席番号35
――***――
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