第6話 一瞬冴嶋さんが女神に見えた。なわけねー!

 しかし、おれはどちらかというと、いつも冴嶋さんと一緒にいた丸谷さんの方が、きになっていた。どこか彼女には惹きつけられるものがあったから。

 丸谷さんはいつも授業の時だけ、肩にかかるくらいの髪を、後ろにくくっている。カピバラのような優しい目をしたクラスの優等生だ。一学期はクラスの学級委員長もしていたし、コーラス大会の時にはピアノも弾いていた。あれは見事な演奏だった。おれは尊敬の念さえいだいていた。彼女を見ていると、おれも彼女のようにと、これからは勉強をがんばらなくちゃと思うのだ。

 冴嶋さんと丸谷さんは同じ小学校だったらしい。クラスでもいつも仲がいい。

 その冴嶋さんが二列離れた席からおれを大きな声で呼んでいる。

「安楽くーん。安楽く~ん。あんたもこの塾にきたの~?」

 と、冴嶋さんはおれの方へきた。最近はおれに、「ぼうっとしている」、ってあまりいわなくなったからいいんだけどな。

「ああ、ちょっとな。どうしてもやらなきゃならない事情があるんだよなあ」

「ああ、わかる。わかる。親に無理矢理いけっていかされたんでしょ? うちもなんだよねー。嫌だっていってんのにさあ」

「まあ、そんなとこかな」

 おれは面倒くさいから話を合わすことにした。それに真面目に勉強しにきたっていうのも、かっこ悪くて、照れくさいしな。

「なんで勉強なんてしなくちゃいけないんだろうね。塾にきたからって別に今さら成績があがるわけでもないのにね。そういえばさあ。同じクラスなの、私たちだけだね」

「ああ、冴嶋さんがいてくれてよかったよ。誰も話すやつがいなくてさあ。それよりもうすぐ授業始まるみたいだぞ」

 おれは本当にそう思った。はなしかけてくれるのは冴嶋さんくらいだ。

 冴嶋さんは、「ああ、うん」、と席に戻った。

 さあ、初っぱなの授業が始まる。ちゃんとついていけるかなあ。

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