証明写真
資格の免状の書き換えが必要になった。別段何か変わったというわけではないのだが、ある程度の年月が経過したら写真を書き換える必要があるのである。片田舎であるので証明写真ボックスがあちこちにあるというわけではなく、市内に1か所あるのは知っているがそれも車で十数分かかる場所である。別に書き換えなくても失効するものではないのだが、仕事に使うものなので書き換えないと問題になる。面倒だとは思いつつも、仕事帰りにその証明写真ボックスで写真だけ撮って帰ることにした。
ボックスがあるのは、市内のはずれにある古びた薬局の前だ。一応深夜まで営業しているようだが、、看板のライトは半分くらい消えていて、壁もずいぶんと汚れている。隣にある建物は火事に遭ったのだろう、焼け焦げた壁がそのままの状態で、解体さえもされずに残っている。反対側は古い寺があり、その隣は墓地。どう考えても夜に来たい場所ではないが、ここでなければちゃんとした写真スタジオか、一山越えた先、車でも30分以上かかる隣の市にまで行かなければならない。ただでさえ面倒臭いのに、そんなことはしたくない。だから仕方なく、誰もいない薬局の駐車場に車を停め、証明写真ボックスの中へと入った。
ボックス自体は割と最近設置されたものであるらしく、中はとても綺麗だった。画面に映る自分の顔がずいぶんと疲れているのは、ここのところの残業続きのせいだろう。私は心底面倒だと思いながらも、画面に表示される内容に従って操作を進め、つつがなく撮影を終えた。出てきた写真を確認したが、しっかりと撮影はできている。目の下のクマがすごいし、表情もどう考えても疲れ切っているが、別に突き返されることはないだろう。この写真が10年も使われることは極めて不満であったが、わざわざもう一度コンディションを整えて撮影しなおすほどの意欲は、私にはなかった。
写真を提出してしばらくしたころ、「写真が不鮮明なので撮りなおしてほしい」という連絡が入った。私が確認したときはそんなことはなかった気がするのだが、いかんせん疲れていたのでその時の判断がどうだったかはわからない。あまりの写真もいつの間にかどこかに行ってしまったし、たまたま休日で暇を持て余していたので、私は改めて写真を撮りなおすことにした。
例の写真ボックスに行ってみると、相変わらず人は誰もいない。別に定休日でもないのに、薬局はひどく閑散としていて、人っ子一人見受けられない。暑いせいもあるのか、通行人も全くいない。普段いる場所とはまた別の世界に来てしまったのではないかというような錯覚に陥りつつも、私は前回と同じように、改めて写真を撮りなおす。今度は目の下のクマもないし、表情も真顔とはいえどこか生き生きしている。私は出てきた写真を何度も見直し、問題がないことを改めて確認したうえで再び封筒に写真を入れ、センターへと送付した。
それから数日後、再び写真が不鮮明であるという連絡が入った。そんなはずはない、何かの間違いではないかと何度も確認したが、顔が読み取れない状況なのだという。怪訝に思いつつも、今回は余った写真をちゃんと保管していたのでそれを見てみたところ、確かに不鮮明であった。私の顔の前に、何やら赤いもやのようなものがかかっていて、なるほどこれでは確かに顔は読み取れない。おそらくは何らかの事情で印刷がうまくいかず、短時間で劣化してしまったのだろう。というより、そうとしか考えられない。撮影直後にしっかり確認しているし、その日はしかも晴れていた日の昼間だったので、暗くてよく見えなかったというわけでもない。私はさすがにイライラを募らせつつも、仕事帰りに改めて証明写真ボックスを訪れ、しっかりと画面を見据えて、操作を開始する。
直後、私はあわてて操作を中止し、入れたお金も回収しないままにボックスを飛び出した。カメラに映る私の背後から、黒く焼け焦げた人のような何かがふと顔を覗かせたのである。
結局30分以上車を走らせて、隣の市にある写真ボックスで撮影しなおした写真を送付した。それからは写真がおかしいだとか、不鮮明だとかいう連絡もなく、数週間後に新しい免状が届いた。
封筒から出して確認すると、免状に印刷された写真はちゃんと鮮明なものであった。
ただ、その顔はひどく焼けただれていた。
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