ブレスレット

 3つ年上の彼氏から革のブレスレットを貰った。細い革を何本も使って編まれたもので、極端な主張もせず、一方で地味過ぎない、とても良いものだ。私はそれが嬉しくて、毎日着けて歩いていた。友達に見せると「それいいね」と褒められて、それもまた、私は嬉しかった。

 ただ、そのブレスレットを着け始めてから、なんだか腕が重くなった気がしている。別にブレスレット自体は太いものでもないので、重さを感じるようなことはない。それなのに、ブレスレットを着けている間は、それこそ腕時計を2本くらい着けているほどの重さを感じるのだ。ただそれは、普段は特に何も着けていないからただ違和感を感じているだけなのだろうと思い、それほど気にしなかった。

 それから一か月、二か月が過ぎる。ブレスレットを着けている腕はどんどん重くなっていく気がするが、それでも彼から貰った大切なものだから、外したくなかった。毎日着けているのに、ブレスレットは汚れもせず、切れもせず、貰った時のままの美しさを放っていた。


「毎日着けてくれてるんだね」

 久々のデートで喫茶店に入った時、私の手首のブレスレットを見て彼はにこやかに微笑んだ。

「せっかく誕生日に貰った大切なものですし、嬉しくて」

 私はそう返答する。ただ、違和感は今までのどんな日よりもあった。ブレスレットを着けている右腕は上げられないくらいに重く、手首はじりじりと痺れている。本当なら今すぐ外した方がよさそうなのだが、久々のデートなのだ、前回貰ったこのブレスレットを、今着けなくていつ着けるというのか。

「なんか顔色悪そうだけど、大丈夫?」

「だ、……大丈夫です」

 どうしたというのだろうか。彼と会って、楽しいはずなのに、腕の異常にばかり神経が行ってしまう。それでも、彼に心配をかけたくなくて、私は一生懸命に笑顔を作る。

「……そういえば、話した事なかったけど」

 不意に彼が遠くを見つめながらそう話し始める。

「僕には、君と同じくらいの妹がいてさ」

「そうなんですか? 初耳ですっ」

「そうなんだよ。君と同じくらいの身長で、髪は腰まであってさ。ちょっと変わってて、いつも本ばっかり読んでたな」

 どこか懐かしそうにそう語る彼の口調に、私は微かに違和感を感じていた。

「どんな子なんですか? 写真とかあります?」

「写真ねぇ」

 彼はスマホをいじり始める。でも私は、正直彼の妹の話には興味がなかった。というより、興味を持つ事すらできなかった。ブレスレットを着けている右腕が、ギリギリと締め付けられるように痛みだしている。今すぐにでも、このブレスレットを外したい。だが、それが出来そうもない。小さな金具で留められているこのブレスレットを外せるほど、私は冷静になれない。今すぐ叫びたいほどの激痛が、絶え間なく手首を襲っているのだ。

「ああ、あったあった、この子だよ」

 私は激痛に耐えながら、彼が示したスマホの画面をのぞき込む。

「え……」

 私は凍り付いた。

「そんな……え、まさか……」

「そう言えばさあ。僕の妹、同級生にいじめられて……自殺したんだよね」

「……」

「知ってる? 僕の妹、同級生の女の子手首を縛り付けられて公園のトイレに繋がれてさ。そうしたら、悪い奴に目つけられて、さんざんに酷いことをされてさぁ。帰ってきた妹が手首に傷作って大泣きしてたから聞いたら、全部話してくれたんだよ。……でも、その翌日、妹は死んだ」

「――ッ」

 私は恐怖で震えが止まらなくなった。彼が話している同級生の女の子、それは間違いなく私だ。写真を見た瞬間にすべてを察した。彼は私がいじめていた同級生の兄で、私にその復讐をするために、今こうして、私の彼氏という立場にいるのだ。

「あ、それとさ。君が今着けてるブレスレットはさ」

「……ま、待って――」

「妹の皮膚なんだよね」

 直後、激痛は残ったままで、急に腕の重さがなくなった。あれほど重く感じていた腕は、容易く持ち上げられるようになった。あのブレスレットが、右腕から外れていたのである。


 ――手首ごと。

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