目覚し時計
朝が弱すぎて携帯電話のアラームでは起きられないので、目覚し時計を買った。大きなベルが二つついた、携帯のアラーム音など比較にならない程の爆音を発するモデルだ。これほどのものがあれば、寝坊することもないだろう。
早速アパートの部屋に戻って、目安針を起きる時間に合わせる。何しろ壁の薄い貧乏アパートであるから、この爆音を鳴らし続けていたら近所から苦情が来てもおかしくない。最もこのボロアパートに住んでいるのは今は私一人だけで、あとは耳が遠くて会話もままならない管理人のおばあさんがいるだけだ。そこまで気を使う必要もないだろう。
明日は五時に起きなくてはならない。まだ日付が変わる前だったが、私は部屋の電気を完全に消し、枕元に時計を置いて眠りについた。
目覚ましの効力は凄まじかった。鳴り始めると同時に私は反射的に飛び起きて、時計の頭についているボタンを押す。完璧なまでの起床であった。
しかし、見てみるとまだ外は暗いようで、部屋も真っ暗なままだ。時計だけは夜光のおかげでくっきりと時間が見えたが、見るとまだ時刻は深夜の二時。これはおかしいと思って部屋の電気をつけ、目安針の位置を確認するが、異常はない。間違いなく五時にセットされているのだから、今鳴るはずがないのだ。
おかしいな、と思いつつ、私は再び目覚ましのスイッチを入れる。そしてそのまま再び眠りに付き、もう一度ベルがなったとき、時刻は間違いなく朝の五時だった。
しかし翌日も、そのまた翌日も、目覚し時計は二時に鳴り響いた。くっきりと見える夜光で時刻を確認し、溜息を吐きながらもう一度セットし直して、再び眠る。そのようなことを繰り返していたがゆえに、間違いなく起きられるようにはなったが、寝不足で苦しむ日々が続いた。
そしてある日、ふとおかしなことに気づく。
私が買った目覚し時計は、ディスカウントストアに売っている普通の目覚し時計で、現行モデルだ。それならば、目を冷ましたときに夜光が、それほどはっきりと光っているのはおかしいのである。現代の時計は蓄光のはずで、しばらく時間が経てば光はなくなってしまう。まして私の部屋は遮光カーテンを閉めていて、電気も常夜灯さえつけない完璧な暗闇。明かりといえば、枕元に置いてある携帯の充電中ランプくらいなものなのである。
私はその時間に何かが起きているのではないかと思い、目覚ましの他に、携帯電話のアラームを1時59分にセットして眠りについた。それならば、目覚し時計が鳴る直前に目を覚まし、目覚まし時計がどのような挙動をしているのかわかるはずなのだ。
そうして眠りにつき、しばらくして携帯のアラームがなった。
絶対に起きて原因を突き止めてやると、そう思っていたので、私は普段だったら聞きのがす携帯のアラームですぐに目を覚ますことができた。そして目を開いて、私は硬直した。私の眼前に大きな人魂がふわりふわりと浮き、目覚まし時計を、部屋中を、ぼんやりと照らしていたのだ。
人魂はしばらくすると、徐々に暗くなり、やがて消えた。そしてそれと同時に、目覚まし時計が鳴り響いた。私は目の前で起きたことが信じられなかったが、全身の倦怠感と眠気によって、それ以上の思考能力を失い、そのまま再び眠りについた。
翌日、管理人に話を聞いて、すべてを理解した。
私がこの部屋に越してくるずっとずっと前の住人が、この部屋で殺されたらしい。まだ若かった管理人が悲鳴を聞きつけて部屋を尋ねると、犯人らしき男が血まみれの包丁を持って逃げていったのだという。犯人はほどなくして逮捕されたらしいが、刺された住人は首と胴が離れる程にめった刺しにされ、救急車を呼ぶまでもなく死亡が確認されたのだという。
そしてその悲鳴を聞いた時刻、それがちょうど、深夜の二時だったらしい。ひとりでに鳴る目覚まし時計は、その住人の助けを求める声だったのだろう。
私は、その日限りでアパートを引き払って、隣の市にあるウィークリーマンションを新たに契約した。うまく部屋も開いていて、私自身の荷物もほとんどなかったので、引っ越しは当日のうちに完了し、ストレスなく新しい生活に移行することができた。
その日の深夜二時、目覚ましはまた大きな音を響かせた。
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