ハンドクリーム

 基本的に乾燥肌の私は、冬はもちろん、夏でもハンドクリームは絶対に持ち歩いている。手がかさついて粉を吹く程度ならまだ可愛いものだが、指先や指の間がひび割れて激痛が走ることもあるので、とにかく手の保湿だけはこだわっている。

 ハンドクリームと言っても何でもよいわけではない。保湿力や持続力、べたつきや肌への刺激など、いろいろなものを考えなくてはならない。そんな中私が出会ったのは、隣町にある小さな古い薬局だ。恐らくは八十歳は超えているであろう不愛想な老人が店主を務めている、漢方なども扱っているとても古い店だ。それこそ何かのアニメにでも出てきそうな、大量の薬棚が並ぶ店。私が手荒れで困っていたころ、その店主特製だというハンドクリームを勧められたのだ。

 基本的に詳しくないとはいえ成分などは気になるところだったので色々と尋ねてはみたのだが、店主は頑としてそれを教えてはくれなかった。それをバラしてしまっては全てが台無しになってしまうということで、不安ながらもとりあえず言われるがままに勧められたクリームを買って試してみたところ、他のどんなものよりも最高の効果を発揮した。少々べたつく感じはしたのだが、それでも効果は絶大で、それをつけている間は絶対に手荒れが再発することはなかった。

 強いて言うならば、値段が高い事だけが気がかりだった。最初に買った三センチほどの小さなプラスチックのケースに入ったもので千円、某青い缶のクリーム程度の大きさの軟膏入れにきっちり詰めた状態で一万円。正直言ってそれを毎回買うのは経済的には非常によろしくないとは思いながらも、それ以上に効くクリームが見つからない以上、私はそれを使うしかなかった。一万円とは言ってもそれなりに長い期間使えるのだし、ケチって使って痛い思いをするくらいならば、多少お金がかかってもそれよりはマシというものだ。


 そんなある日の朝、そのクリームは最後の一回分となってしまった。基本的には使い切る前に次のクリームを買うようにしているのだが、ちょうど残業や休日出勤が重なってしまい、なかなかその薬局に足を運ぶことが出来なかったので予備はない。とはいえ、この素晴らしいハンドクリームの代用とはいえども、今更別のものを使うことはできない。仕方なく、私は会社に遅刻する旨連絡し、缶に残った最後のクリームをたっぷりと手に塗り込んで、急いでその薬局に向かった。

 私が薬局に到着したとき、ちょうど薬局の前に一台のパトカーが止まり、二人の警察官が中に入っていった。ああ、警察官もこの薬局を贔屓にしているのだろうな、とのんきなことを考えながらその少し後に薬局に入ると、警官二人が店主の手に手錠をかけていた。

 私はあまりに驚いてその理由を尋ねた。聞くと、店主は人間の死体を店の中に隠していたのだという。それはいったいどういう事なのかと問うと、店主は少し寂しそうに俯きながら、低い声で呟いた。


 あのクリームの主成分は人間の死体、死蝋だったんだよ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る