造花

 結婚して新居に引っ越してから三ヶ月が経つ。妻は29、私は36の歳の差婚で、二人とも一人暮らしの経験も同棲もなく、すべてが初めての暮らしの始まりであった。

 部屋はまだ大した家具もなく、テレビや冷蔵庫、洗濯機のような一般的な家電のほかは、さして面白い物のないつまらない部屋だ。しかしそれもまた妻と共に居れば楽しい場所と化していくのだろうとは思うが、それにしても殺風景過ぎるので、花を買うことにした。

 しかし妻も私もマメな性格ではないため、生花はおそらくすぐに枯れてしまうだろうから、造花を買うことにした。花瓶は近くの骨董屋に置いてあったものを買い、花はさすがに百円ショップのものはよくないだろうといろいろと考えていたのだが、数日後に同じ骨董屋で薔薇の造花が売られていたので、ひとまずそれを買うことにした。

 家に帰ってさっそく水も何も入っていない花瓶に入れ、机上に飾る。無駄なものがほとんどない殺風景な家に赤く存在を主張する薔薇は少々強すぎる感じもしたが、そのうちほかの物が増えていくにつれてどんどん目立たなくなるだろうし、今はこれでよいだろう、ということになった。別にそれが気に食わなくなったら、また改めてどこかで買えばよい。そもそも私たちは別に花に興味があるわけではなく、ただこの殺風景で寂しい部屋を彩るワンポイントが欲しかっただけだ。別にこの部屋が殺風景でなくなれば、敢えて花を飾る必要もない。


 しかし花を買ってからからほどなくして、妻は風邪を引いてしまった。ろくに家事もしたことのない私であったが、さすがに病人をたたき起こしていろいろなことをさせるのは申し訳ないので、いろいろなことを教わりつつ、何とか家事をこなして妻の看病をしていた。

 それでも、妻はあまり良くはならなかった。それどころか状態はどんどん悪くなり、下がらぬ熱と止まらぬ咳でどんどん体力を奪われていき、私がいろいろと問いかけてもあまり会話が続くことはなくなった。病院にも何度も行かせているのだが、いろいろと検査してもその本当の理由が分からない。二週間が過ぎても妻の容態はどんどん悪くなる一方で、私の脳内で最悪のことが想起されるようになって、その度に私は首を振ってその下らない想像をかき消す、そんな日々が続くようになった。

 そんなある日、机の上を見ると先日購入した薔薇の造花があった。数週間のうちにすっかり埃を被ってしまい、せっかくの花弁も埃だらけで見た目もよくない。このくらいは掃除しておこうか、と私は花を手に取り埃を払おうとした。

 しかしその時、私はあることに気づいた。造花であるはずの薔薇に、瑞々しさがあるのだ。よく見ると、茎と葉が完全に本物の薔薇になっていた。花弁は半分ほど本物の薔薇になっていて、残り半分の花びらも、布地の中にわずかに水分が含まれている。

 まさか、この薔薇が妻の命を吸い取って本物になろうとしているのではないだろうか、そんな有り得そうもない事をふと思った。しかし、確かに妻の様子がおかしくなったのは薔薇を買ってからであるし、仮にこれがもともと造花でなかったとしても、水も一切与えていない状態でここまで瑞々しく保たれていることはあり得ない。私はそのまま本物になりかかっている薔薇をキッチンに持ち込み、コンロの火で燃やした。メラメラと燃え盛る炎が、何かの悲鳴を表現しているようにさえ見えて不気味だった。薔薇はほんの数十秒で完全な炭になり、ボロボロに崩れ落ちた。

 翌日、妻は全快した。薔薇の変化について妻に話すと、そんな非科学的な、と首を傾げてはいたものの、あの造花の薔薇がもし何か呪われた品物であったのなら、きっとそれが原因だったのだろうと納得した。


 それから数カ月が経つが、妻も体調を崩すことはなく、そのほかに何かが起きることもない。変化があったことと言えば、妻も私も造花を毛嫌いするようになった、ということくらいだろうか。

 我が家では、あれ以降もずっと薔薇の花を飾っている。ただし、作り物ではない、本物の薔薇の花を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る