空き容量

 USBメモリを一度も見たことがないという人は、恐らく少ないだろう。

 別に常日頃から持ち歩いていなくても、学校や職場のパソコンに刺さっていることも多いだろうし、同級生や同僚が使っているのを見ることもあるだろう。または、毎日持ち歩いて、色々なデータを持ち歩いているという人も決して少なくはないことだろう。

 私は仕事でもプライベートでも常にUSBメモリは使っている。最近は便利になったもので、一昔前ならばハードディスクでしか得られなかったであろうほどの大容量メモリもあり、私は仕事用には64ギガバイトのものを、プライベート用には256ギガバイトのものを愛用している。

 別に、特殊なデータを持ち歩いているわけではない。しかし仕事では3Dのデータや画像ファイルを多く取り扱うし、プライベート用は動画の類を大量に入れているので、放っておいても容量が大変なことになるのである。容量から考えたらハードディスクドライブを使うのもありなのだろうが、私は普段大きなカバンを持ち歩くわけではないので、手軽に持ち歩けるUSBメモリはとても重要なのだ。

 そもそもパソコンに保存しておけばいいだけの話ではあるのだが、私は日によってノートパソコンとデスクトップパソコンをいろいろに使い分けているし、デスクトップの方は息子たちが使うこともある。そんな状態で私の趣味の動画をたくさん入れてしまうのは容量の面でよろしくないし、間違って、ないしは故意に覗かれてしまったらそれはそれで問題となる動画も少なくない。だからこそ、私は動画は全てUSBで肌身離さず持ち歩いているのである。もしもそれをどこかで落としてしまった時にはもっと良くないことになるのかもしれないが、常に持ち歩き頻繁に確認する携帯電話にストラップのように着けているので、まず無くすことはないだろう。


 そんなある日、大容量の動画をメモリに入れようとしたら容量オーバーというエラーを吐いた。仕方ないので、ひとまず20ギガバイト分のデータをパソコンに落としておいて、新たに10ギガバイト分の動画をUSBに移動した。残る容量も10ギガバイトもあることだし、それなりには問題ないだろうと思っていた。

 そのまた数日後に、今度は6ギガバイト分の動画を移動しようとしたらエラーを吐いた。プロパティを確認してみると、残り容量が5ギガバイト分しかない。どうにも様子がおかしいのでそれぞれのファイルを選択した上で容量を計算しても、明らかに数十ギガバイトの容量が失われているのである。

 普通に考えて、USBメモリでそれほど大容量の記憶領域が失われるなどという事は考えにくい。ましてあくまでこのメモリはデータを持ち運ぶ為だけのものであり、バックアップに使用しているわけでもない。作業によって中に何かデータが生成されるようなものもない。私が新たにデータを入れない限り、空き容量が減ることはないのである。

 もしかして、と一瞬考えて、私はプロパティから隠しフォルダや隠しファイルを表示するように設定を変える。すると、普段動画や画像などを入れているフォルダに紛れて、「新しいフォルダー」という名前の、見覚えのない隠しフォルダがあった。

 この手のUSBメモリには、ちょっとしたソフトが入っている物もあるのだが、それにしたってこのようなデフォルトの名前のまま入れておくことはしないだろう。フォルダの作成日時を見ても比較的最近で、どう考えても最初から作られていたものではない。

 ダブルクリックでフォルダを開いてみると、中にはおびただしい数の動画ファイルが入っていた。1つの動画に付き100メガバイトほどで、それが200本以上入っている。試しに1つ再生してみると、映像は概ね真っ暗で、ごくわずかにノイズのような音が入っているだけのものだった。音量を上げてみても何かが聞こえる様子はないし、何かが映る様子もない。

 まとめて削除してしまえばよかったのだろうが、どういうわけか、私は1つずつ確認しながら地道に削除していく方法を取った。最初の数秒を聞いたら、後はシークバーで適当に送って、何もなさそうならば消す、その繰り返しだ。10個、20個、いくつもの動画を削除していくうちにだんだんと面倒になり、最後の方には開いて2秒で確認を打ち切って削除するという作業になっていた。

 実にバカバカしいとは思うのだが、そんな作業を1時間ほど続けていて、ようやく最後の1本に差し掛かった時、動画の内容が一変した。真っ黒だった画面に、一か所光が差し込んだのである。光の向こうではちらちらと何か赤いものが動いていて、それからしばらくして、画面は真っ黒になった。

 その動画の作成日時を見ると、昨日の夜のものだった。そしてそれを認識した瞬間、私はあることに気付いた。

 昨日、私は一日家に居て、真っ赤な服を着ていた。そして昨日の夜、私はちょっとしたミスで、部屋の壁に物をぶつけて穴を空けてしまった。そしてしばらくどうしようか悩んで、仕方がないのでとりあえず適当なポスターを貼って穴を誤魔化したのだ。

 改めて今度は音量を大きく上げて動画を再生すると、予感は的中した。微かに聞こえてくる独り言は、間違いなく私の声だった。

 私は慌てて昨日開けてしまった穴のところに向かい、ポスターをはがして中を覗き込む。とはいえ中は真っ暗なので、何かが見える気配はない。私はスマートフォンのライトを点けて、穴の中を照らす。


 そこにいた何かと、目が合った。

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