毛虫

毛虫


 比較的激しいアレルギー反応が出たので病院を受診した。どうやら毛虫に触れてしまったとのことで、背中一面に何やらブツブツと赤いものができてしまっている。よく効く薬を貰ったのだが、毛虫に触れた覚えがない。たまたま服についてしまった可能性もあるが、毛虫シーズンとはいえ桜の木の下を通った訳でもないし、洗濯物は最近室内干ししているので、物干しに毛虫がついていたということも考えにくい。どうにも合点がいかず、ほかの原因ではないのかとも問うたのだが、いろいろ話していてもどうしても説明がつく理由がなく、最近多いからおそらくは、ということで結局その結論に行き着いたのである。

 実際貰った薬を使っていたらあっという間に背中の異常はなくなった。しかしそれにしても不気味である。私の家の周りに自然らしいものはないし、私の行動をどう見返しても毛虫に触れる機会などない。それを考えると、もしかしたら実際は毛虫ではないのかもしれない。ひとまず日常を過ごしていく中で、それらしき原因がないかをじっと確認することにした。

 しかしいろいろ考えつつ動いてみても別にそれらしき要因もないし、どれだけ思い返してもその原因となるような行動もない。それでも、背中はほぼ毎日、同じようにあちこちに赤いものができ、酷い痒みに襲われることがあった。その度に医者に処方された薬をつければ、あっという間に治ってしまう。普段着ているものにもしかしたら何らかのアレルギーが出ているのだろうかと思ったが、実際にいろいろなアレルギー反応のテストを受けに病院に行く気は起きなかった。


 そして次の土曜日、昼寝をしていた私は背中の痒みで目を覚ました。そのまま洗面所に行って鏡で背中を見ると、やはりここ最近のそれと同じ、赤い点がびっしりと背中に浮き出ていた。あまりの痒みに背中を熊手で擦りたくなるのを抑えつつ、薬を取りに布団のほうへと戻る。

 そして布団を見たとき、私はその目を疑った。布団の上に、何匹もの毛虫が蠢いているのである。

 私は絶叫しながら布団を畳んでそのままゴミ袋に放り込む。どう考えても、たくさんの毛虫が入り込んでくることはあり得ない。窓も開けていないし、近くに木があるわけでもない。だとしたら建物そのものだろうか。否、そんなはずはない。建ってからそれほど時間が経っていない新しいアパートであるし、防音もしっかりしているくらいなのだから、あちこち穴だらけというわけもなかろう。布団を干した時かとも考えたが、恥ずかしながら一人暮らしの万年床で、最後に布団を干したのはもはやいつの事か分からない。そんな状況で毛虫が、たとえば卵が孵化したのであったとしても、さすがにそれほどの時間を卵のままであっても生き続けるわけがないだろう。

 不気味で仕方がなかったので、私はゴミ袋に放り込んだ布団を管理人に事情を話してゴミ捨て場に置かせてもらい、そのまま実家に戻った。何しろあの部屋で寝ている限り、私は同じような不気味な状況に陥るのかも知れないのである。要因がどうあろうと、私の部屋に大量の毛虫が、しかも布団の上に蠢いていたのは紛れもない事実であり、それは間違いなくこの目で見たのだ。同じことが起こる恐怖に怯えて毎日を過ごすより、実家に戻ってしばらく静養したほうが良いと、直感的にそう思った。

 実家は田舎ではあるが、私が住んでいるアパートからは車で1時間ほどだ。突然戻ってきた息子を、両親とも温かく迎えてくれた。事情を話そうかとも思ったのだが、家に突然毛虫が大量に出たということを説明するのも面倒だったので、とりあえずは寂しくなったから、とでも言っておくことにした。


 その翌日の昼間、私が本を読んでいると、背中に何かの気配を感じた。あわてて服を脱いでみると、服の内側に数匹の毛虫が蠢いていた。

 どう考えてもおかしなことだった。あれ以来私は常に布団も衣服もじっくりと調べてから使うようにしているのだが、調べた時点では服は綺麗だったし、毛虫などいるはずもなかった。なのに、毛虫は今ここにいる。

 私が両親を探そうと窓の外に目をやると、両親は庭の桜の木の下にいた。そしてそれを見たとき、私はこの一連の不可解な出来事の理由を察した。

 両親は、木についた毛虫を松明の炎で焼いていた。ぼとり、ぼとりと、火に炙られた毛虫が下に落ちていくのが見える。それが一匹、また一匹と落ちて、両親はそれを靴で踏みつぶしている。それと時を同じくして、一匹、また一匹と背中に毛虫が増えていく。殺された毛虫が、自分たちを殺した両親の、その息子である私の背中に蘇っているのだ。

 私はあわてて両親を止め、私の背中に湧き出した毛虫の群れを見せた。そして、一匹だけ落ちていた毛虫を踏みつぶすように父に言った。父がそれを踏みつぶした瞬間、毛虫は私の背中に突如として現れた。両親はそれを見て、この不可解な出来事を信じてくれた。私の背中や服の中にいた毛虫は、ほどなくして煙のように消えていった。

 私が病院に行った日を確認すると、ちょうどその日から、毛虫を焼き、落とし、そして踏みつぶして殺していたのだという。それを聞いて、もはやそれが原因に間違いがないのだろうと、私はそう確信した。


 その後、両親は毛虫を駆除するのに全力を尽くすのではなく、それが家側に入らぬよう対策するだけに留めた。

 布団の上にも、服の中にも、二度と毛虫は出なかった。

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