ゴミストッカー

 毎週月、水、金の朝は憂鬱だ。

 一人暮らしの私は、前日のうちにまとめておいた生ゴミを片手に、仕事に行く為に外へ出る。別にゴミ捨てが嫌なわけではない。私が嫌なのは、集積場に置いてある大きなゴミストッカーだ。生ゴミの日だけ、集積所にある建物の前にゴミストッカーが置かれており、我々はそこに生ゴミを捨てていくわけなのだが、これが尋常じゃなく臭い。開けた瞬間に吐き気を催すような状態で、一日おきに、私はその吐き気と格闘しながらゴミを捨てているのである。

 我々のマンションの何十世帯もの人間がゴミを投入するのだから、臭いのはまあ仕方がない。それを収集する人もいるわけだし、集積所の管理をしてもらっている人たちはもっと辛い思いをしているのであるから、たかだか数秒開けてゴミを投入するだけの私が文句を言っても仕方がない。それは判るのだが、これから胸を張って仕事に行くという時にあの悪臭を喰らってから行くというのは、どうにも会社にまであの臭いに付きまとわれている気がして、どうにも気が滅入るというものである。

 しかしそれが日常となっているので、あの臭いに慣れたわけではないものの、この生活自体はもう随分と慣れたものだ。毎朝決まった時間にゴミを出し、そのままバイクに跨り、会社に向かう。

 それはもう何年も、このマンションに越してきてから過ごしている日常であり、逆にそれが無くなってしまったら、なんだか違和感を感じるほどに、私の日常の一部分となっているのだ。


 異変があったのは、そんな日常から少し外れたときのことだった。

 普段は毎朝会社に行く前の朝七時にゴミを出すのだが、その日だけは少し事情が違っており、仕事の都合で深夜から翌日の昼頃前の仕事になった。週末だったので、その日を逃せば水曜日の夜からの分の生ゴミを月曜日まで家に置いておかねばならない為、やむを得ず、前日の夜にゴミを出すことにした。

 前日の夜、仕事の準備をした上で外に出る。外は雨が降っており、私は鞄と、傘と、そして生ゴミを片手に外へと向かう。見ると、件のゴミストッカーは外に出されていた。早朝から出すわけにも行かないのだろうから、きっと清掃員の人たちが帰る前には出しているのだろう。普段の帰りは、そんなこと気にも留めていなかったので、気が付かなかった。

 いつもの通りにゴミストッカーの蓋を持ち上げると、いつもと変わらぬ強烈な悪臭が、鼻から脳天へと突き抜ける。恐らく何らかの消臭剤などはぶちまけているのだろうが、数十世帯にもおよぶ大量の生ゴミ臭の前には、もはやそれは気休め程度にしかならないのであろう。

 強烈な悪臭に顔を顰めつつ、光が入らず真っ暗いなストッカーの中に生ごみの袋を放り入れる。どす、という鈍い音が、深夜のマンションに響き渡る。普段ならすでに大量のゴミが入っているのだが、今日は何しろ夜だから、恐らくは私以外にせいぜい数家庭分しか入っていないのだろう。

 静かにストッカーの蓋をおろし、駐輪場へと向かう。すると――。


 ごとん。


 ストッカーが何やら奇妙な音を上げたので、私は振り返る。そこには当然何もなく、恐らくはストッカーの中のゴミが転がったような音なのだと、気にせず再び歩き出す。すると。


 ごとん。


 今度は先ほどよりも大きく、マンション全体に響き渡りそうな音だ。やはり、ストッカーの中から音がしているように聞こえる。


 ごとん。ごとん。


 わずかにストッカーが振動しているのがわかる。子供でも入り込んでしまっているのか、そう考えて慌ててストッカーの蓋を開けるが、何しろ中には光が届かないので何もわからない。私はスマートフォンのライトで中を照らす。どうやら私が投げ込んだ先ほどのゴミが最初の一つらしく、広いストッカーの中に、私が投げ込んだ一人暮らし二日分の小さなゴミ袋が転がっているのが見えた。

 気のせいだろう、とストッカーの蓋を閉じようとしたとき。


 ごとん。


 もう一度、何か音がした。その時、まだ中を照らしていたスマートフォンの灯りが、ストッカーの底で何かが動くのを照らし出していた。私は立ち上る腐臭をぐっと堪えながら、じっとゴミ箱の中を観察する。


 ごとん。


 底で何かが動いたのではなかった。底が動いたのだ。どうやら二重底になっているようで、その底が、ごとん、という音とともに、僅かに持ち上がっているのだ。言い表しようのない不気味な雰囲気を感じつつも、好奇心がまさり、私は何が蠢いているのか正体を掴みたくなり、じっと目を凝らす。しかし、ごとん、という音はそれ以上聞こえなかった。まあいいか、と諦めつつ、ストッカーの蓋を閉じようとしたとき。


 ――タスケテ――。


 子供の声がした。その言葉が意味することをすぐさま察した私は、持っていた傘を一度閉じ、ストッカーの底板の、僅かに隙間が空いたところに持ち手の部分をひっかけて、ぐい、と持ち上げる。

 底板の下には、腐敗して原形すらわからなくなった、小さな遺体があった。


 あまりの出来事にそれからの記憶は曖昧であったが、私の絶叫を聞いて出てきた人々が、ストッカーの中身を見て通報をしてくれたらしく、翌日のうちに犯人は捕まった。犯人はマンションでいつもストッカーの管理をしていた清掃業者の人間だった。あそこならば、腐臭がしても誰も気づかないだろうと、あれを隠し場所に選んだのだ。

 それから件のゴミストッカーは新品に交換されたが、ものの数日でひどい臭いを放つようになっていた。しかしそれでも今までよりははるかにマシであった。 どうやらを私を含むこのマンションの人間は、毎日死体の匂いを嗅いでいたようだった。

 そのことがすさまじいトラウマにはなっているが、それでも、私はいつも通り、月、水、金はゴミを出す。今日も今日とて、腐臭のするゴミストッカーの蓋を開け、ゴミを中にほうり込んでから駐輪場へと向かう。


 背後で、ごとん、と音がした。

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