Ⅲ ノリ・メ・タンゲレ
「ねえー、メルちゃん、一緒に帰ろー。今日は久しぶりにファミレスでメルちゃんもいっぱい食べよ? パスタでもプリンアラモードでもなんでもさ」
いつも仲良くしてくれる女友達が声をかけてくれる。
「あ……ごめん、今日もちょっと……」
そして、ここ最近はずっと、このように断るのが普通になってきてしまっている。もうひとりの友達がわたしの顔をのぞき込む。
「あの当たるって評判の、駅前の占い師さん? 最近よく会ってるね。大丈夫、メル? なんか悩みとかあったら相談に乗るよ?」
胸がチクリと痛む。
明らかに……気を遣わせちゃってる。
わたしは、こんなにも、恵まれている。
今のままで充分じゃないか。
何も思い出さなくたって、これからたくさん記憶を作っていけばいいじゃないか。
……断るたび、何度そういう思いがよぎるだろうか。
「――大丈夫。ごめんね。また行こうね……それじゃ」
「あ、うん……ばいばい」
それでも、わたしは――自分に嘘はつけない。
とはいえ記憶探し、と言ったって特別なことをしてるわけではない。
これまでも独りいろんなところを歩いてみたけど何も思い出さなかった。
記憶を探す、って言ったって闇雲に当たってどうにかなるものでもない。彼女と一緒にいることでわたしの記憶が紐解かれると確実に言えるわけじゃないのはわたしにもわかっていた。
それどころか、記憶探しなんて単なる後付ですらあるかもしれない。
それよりも大事なのは、わたしの中で日に日に彼女、ウーティスさんの存在が大きくなっていることだった。
その日も例によってウーティスさんと。
駅からそこそこ歩いて住宅もまばらになった河原でふたり、こうしてただ寝そべってたわいない話をしているだけでも、わたしにとっては特別な時間だった。
「……また悩んでる、って顔をしてるね?」
どうして? 触れてもいないのに。
……もう、この人にはかなわないな。
「友達と話してて楽しい。いえ、楽しかった……はずなのに、なんだか、前以上にぽっかりとしたものを感じちゃって。最近わたしのほうから避けるようになっちゃって……一緒に登下校もしていないんです」
「……嫌いになった? 友達が」
「まさか!」
思わず起き上がり、慌てて否定……したところで、急に恥ずかしくなる。
そんなわたしを茶化さず、黙って耳を傾けてくれる。
思いを形にするまでゆっくりと待ってくれているウーティスさんの真摯さに、わたしはどれだけ救われているかわからない。
呼吸を整え、一言一句をなぞって確かめるように。
わたしは言葉を接いでいく。
「みんな、いい人です。気を遣ってもらってるのがわかるんです。でも……そうしてもらうほど、学校のわたしはほんとうのわたしじゃない、って思いが強くなっちゃうんです」
むしろあなたといる時のほうが――……とは口が裂けても言えなかった。
「勇気がいるかもしれないけど……ちょっとしたきっかけがあれば、また元の関係になれるよ。キミはいい子だからね」
いい子……? ほんとうに、そうなんだろうか。
内気だから、そう思われてるだけじゃないのかな……
わたしの内にある黒いものが出てきてないから、表面上キレイに見えてるだけじゃないのかな?
などと考えているうちに、話題は予想もしない方向へと舵を切ってくる。
「……しばらくこうして会うのはよそう」
「えっ……?」
「……私とこうして会うことがキミの友人関係を微妙なものにしているなら、それは本意じゃない。キミは過去のキミにとらわれず、今のメル・アイヴィーとしての生活を大切にするんだ」
違う。違うよ。
今のわたしがいちばん望んでいるのはあなたと……
と、心の中で必死に訴えるだけで、口にすることはやはりできなくて。
頭を撫でられる心地よさと気恥ずかしさと、そして自己嫌悪。
さまざまな感情でないまぜになってて、もうわけがわからないよ……!
涙をこらえて小さく頷くのが、今のわたしには精一杯だった。
放課後。
教室に残っていたのはわたしと友達の合わせて3人だけになった。
学校でこそ一緒に話したりとかはしてるけど、ずっと友達と一緒に下校してないから、少し気まずさを感じていた。
それに、会っている相手が占い師さんということで、無用な心配をかけてしまってるというのもわかっていた。
その埋め合わせというか、少しでも……ちょっとした世間話のつもりだった。
ふとしたきっかけで、決定的な事態が、起こってしまう。
「……ねえ、ふたりとも。アナグラムって……聞いたことある?」
そんな必要はないだろうに、おそるおそる切り出す。
ふたりとも知らなかった。そこでわたしはウーティスさんが話したのをそのままリフィルに書いて伝えてみる。
「へぇ~面白いね~」
「クイズ番組とかでたまにあるやつじゃない? それアナグラムっていうんだ。メルちゃんものしり~」
ふたりとも興味を示してくれた。ちょっとした日常会話の小ネタとしてはなかなか優秀だったみたい。
ウーティスさんにはひとまず感謝だ。
「ねぇねぇ。ちょっとシャーペン貸して。あたし気づいちゃったんだけど……ほら。これをこうして入れ替えると……」
友達のひとりが、『MY VEIL』と書いたそのすぐ下に無邪気に書き加えたのは、もうひとつのアナグラム。
「なんかこれって、ちょっとカッコよくない?」
屈託のない笑顔。わかってる。彼女に悪気なんて一切ないことは。
だけど……胸の奥底に眠っていた心のざわつきが、わたしを覆い尽くそうとしている。
来ないで……わたしにわたしでいさせて……!
「……メル!? どうしたの、顔色が!?」
「ひょ、ひょっとして気を悪くしちゃった? ご、ごめんねメル」
「立てる? ほ、保健室行こうか?」
心配そうにこちらをのぞき込む友人。
いつの間にかその子の腕を掴んでいた。
それまで奥底にしまいこんでいたものと立場が逆転してしまった。
ごめんね、ウーティスさん……あなたの言う通り、わたしは、知ろうとしてはいけなかったんだ。
『何者でもない』わたしのまますべてを受け入れなきゃいけなかったんだ。
からっぽの存在になってだらりと倒れ込むのは、さっきまで『友達』と呼んでいた、ヒトの形をしたもの。
同時にわたしに流れ込んできたのは……友達の生まれてからこれまで生きてきた証にして、わたしになかったもの。
『何者か』の証明として、わたしが心の底から手に入れたいと望んだもの。
当然、その中には、わたし、メル・アイヴィーとの出会いも。
(うわぁ……かわいい人。あたしはこの子と、友達になってみたい)
『メルっていうの? よろしくね。あたしの名前は――』
ごめんね……こんなわたしにでも仲良くしてくれたのに。
それを、わたしは……わたしは……あなたの『記憶』を……
あなたがあなたであるすべてを奪っ――
わたしが、わたしの思い通りにならない。
今わたしを動かしているのはヴェールの奥底で機会をうかがっていた――MY EVIL――わたしの中の悪魔。
やめて……わたしの友達を、奪わないで……!
「やめて……わ、私に触れるな───────!!」
友達からの悲痛な拒絶が、わたしにはとても痛かった。
ねぇ、わたしの中のわたし、やめてよ、やめてよ……!
なんでそんなことをするの……!
お願い、彼女の腕に触れないで……!
彼女の腕に触れようとしていたところで――
わたしを助けてくれた出会いと同じように。
わたしを安心させてくれるよく知った声が割って入ってきたのだった。
「遅かったか……彼女を、メルを返してもらうよ――!」
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