追憶
思い返せば私はデータ漬けの一生だった。
両親はどちらも研究職員で、物心つく前からインプラント教育を施されただひたすらに情報と知識を詰め込まれるだけの子供時代を過ごした。
私は彼らについてのことをよく知らないが、どちらも互いに無関心であったことは知っていた。
自分たちの研究の成果を、知恵を、情報を、権益を奪われないため、そして風化させないためにそのためだけに私を産み、ただただ毎日自分たちの分身を完成させようと躍起になっていた。
私は彼らの言うままに教育を受け、そこには「嫌だ」とか「満足感」というものが何もなかった。
ただ鈍色の靄を飲み込んでいるようで、それが私のあるべき姿なのだと自身が理解する年齢になったとき、ようやく『虚無感』というものを覚えた。
時を同じくして私は両親のすべての知識を吸収し終え、彼らの限界を知った。
彼らが何を求め何故に行き詰っているかを把握した私は、その時行っていた彼らの研究に答えを出した。
そしてピリオドを打った。
両親はまもなく階級を引き下げられ、終いには船員である資格を失った。
生まれてから保持している船員資格を失うということはつまり宇宙へと放り出されることと同義だ。
限りあるこの空間では一定の年齢になれば誰一人例外なくそれぞれの職を持つが、すべての職に対する意欲がなくなっていた。それほどまでに両親は憔悴していた。
私はただの分身でよかった。そしてそれ以下もそれ以上も求められていなかったのだ。
ステーションからの計らいにより一定の研究成果を出した私への褒賞として最低ランクではあるが両親の船員資格は後日再発行されたが私にはどうでもよかった。
それよりも私を震わせていたのは「疑問に答えを出すことへの満足感」だった。
ヘイズ対策が急務となっている現在、私を職員として迎え入れようと手を上げたのが飛高だった。
両親とは面識がないがその成果を聞きつけ真っ先にコンタクトをとってきた。
畑違いといえども何か手掛かりは持っているだろうとの思惑だったと後日本人の口から聞かされた。
彼の研究室であるP生研は異生物についての研究を行っており目下はステーションからの需要に応えヘイズについての研究を行っていた。
しかし、ヘイズについての生体サンプルはおろか数年前に襲撃された船からの映像記録しか情報がないためすぐに研究にとりかかることはできなかった。
それでも飛高は焦らず私から有益な情報を引き出そうと日夜さまざまな角度からの質問を投げかけてきた。私は飛高のそれまでの研究のデータの収集に勤しみ情報を統合して何かを見つけようとしていた。
下里と知り合ったのもその頃だ。
エンジニアを私はそれまで見たことすらなく、見る環境にすらおかれていなかった。
研究者達は彼らを見識を広げることを放棄した愚かな者たちと公然と言い放っていたし、私の両親についてもそれは例外ではなかった。
しかし、たまたま研究棟の食事の時間を逃してしまい、常時オープンしている一般棟へ行ったときに注文の仕方がわからず困っていた。
そこに声を掛けてきたのが下里だ。
彼は私のかわりに食事を注文し、同じテーブルで食事を始めた。
被差別意識から研究職員の制服を着ている私をただ取り巻くだけの中迷わなかった彼に対し私は興味を惹かれた。
その時はエンジニアの仕事についてずっと話を求めていた気がする。
「また今度にしてくれ」と彼が席を立つまで私は彼を質問攻めにしたことを反省しつつもまた話したいと求めると、下里はやはり迷いなく頷いたのだった。
食事は研究棟のものよりだいぶ味も見た目も悪かったがそれよりも私は彼の話が食事代わりのようになっていった。
友人だという真宇はあまり口を開かないが下里とはバディを組んで長いらしく彼らの間には言葉すら必要ないほどの信頼があることも知った。
自分が今まで習得してきたあるべき自分という殻を無遠慮に叩かれている気がして 私は言葉では形容しきれない心地よさを感じていたのかもしれない。
次第に食事は一般棟で摂るようになり、そのころには周りのエンジニア達の視線もだいぶ気にならなくなっていた。
私は彼らの不安定な、情動に駆られやすいその性格を羨んでいたのかもしれない。
人の心のようなわからないものをわからないままで良しとし、敢えて答えを出さず折り合いをつける。
それでも喜怒哀楽に富み、時にはぶつかりあったかと思えばすぐ後にはやはりここで顔を合わせて談笑している。
私の知らない新たな世界をこじ開けてくれた鍵なのだ、彼は。
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