胎動

 くもい艦内第五研究棟。

 チャンバーに収められた白い卵を二水ニスイは観察していた。

「収容時より6時間経過……変化なし」

 状況を記録し彼女は腑に落ちない様子で卵を睨む。

 先ほど主任の飛高に言われた言葉を思い出す。

『スキャンの結果だが、おそらく何らかの生物であることは間違いないが、この殻の内部の形状は不明だ……というよりは形がないといったほうが正しいのかもしれない』

 曰く、その輝く殻の中には複数の細胞らしきものが詰まっており、特定の形を形成するわけでもなくただ動き続けているそうだ。

「何なんだろうねえ、君は」

 ガラスの窓越しにコツコツと音を立ててみるがやはり反応はない。

「殻の中におさまっている物は鳥の雛かい。それとも化け物かい」

 卵はやはり沈黙を保ちただきらきらと明かりを反射しているだけである。

 その光が殻の表面に薄く張られているシリコーン膜による反射だとも飛高は言っていた。

 だが二水は過去のヘイズ襲来の調査の時を思い出していた。

 映像記録から見たヘイズの表皮の質感は卵の表面のそれとよく似ている。

 違うのはヘイズが明らかな赤黒さとこの目の前にある物体の白さだ。

 これに毒々しい気配はまるでなく、ただ静かにそこに佇んでいる。

 しかし何のために?

 生物とは本来繁殖をするのが本分であり活動するのがあるべき姿だ。見た目の通りの卵で孵化するのを待っているのだろうか。

 それとも

「まだ休まないのか?」

 いつの間にか主任の飛高ヒダカが研究室に入ってきていた。そして卵の方を一瞥する。

「変化はなさそうだな」

「はい。ここに運ばれてから何もアクションが起きなくて。そろそろ動くかと期待しているのですがダメそうです」

「そろそろという割にはどうやら食事すら摂っていないそうじゃないか。衛生課からアラートが来ているぞ」

 慌てて端末を確認する二水。そこには確かに衛生課からの状況確認を要請するメッセージが来ていた。

「見慣れぬ物を見て好奇心が擽られるのは良いが、自分を疎かにするようじゃダメだぞ。珍しく連絡が来ないとさっき下里もぼやいていた」

「下里が?」

 もう一度端末を確認すると下里からのメッセージも来ていた。どうやら一緒に食事に行きたかったようだ。

「あっちゃぁ……怒ってるかなあ」

 一人であたふたしている二水を見ながら飛高はふと笑みを零した。

「私はそろそろ休むよ。明日から本格的にアレの調査を始める。無理はしないように」

「ありがとうございます、主任。おやすみなさい」

 飛高が出て行ったのを見届けてから二水は下里にメッセージを返信した。

 そして再び卵に目をやる。

「あれ?」

 今まで気づかなかったのかよく見ると卵の下から床を這うように細い無数の釣り糸のようなものが伸びていた。

 卵の様子に変化はない。相変わらず微動だにせずそこにある。

 先行してサンプル採取をしておくのも良いかもしれない。

 二水はチャンバーの扉を開け、卵にゆっくりと近づいた。

 一歩、二歩。

 卵との距離は近くなる。

 人一人は余裕で入れそうなほどの大きさを持つ卵はやはり静けさをたたえたままだ。

 ポケットからピンセットを取り出し、糸をつまむ。

 そして、二水の眼前は真っ暗になった。

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