二水

 史上最初の大規模国間宇宙ステーションプロジェクト「Tidal」を皮切りに始まった民間・国家を問わない人類の宇宙進出。それは人類の新たな植民の始まりであった。

 この200年で大小合わせおよそ100以上の宇宙船や宇宙ステーションが様々な思惑を胸に地球を離れ新たな生活を始めた。

 まだ見ぬ星をを我が目で捉えんとするがため、人の増えすぎた地球を捨てるため、新たな植民のための労働力……。

 そうして長い月日を経て人々の生活はようやく落ち着こうとしていた。

 しかし、50年ほど前より宇宙船団は未知の存在からの襲撃を受けることになる。

 航行中の小型惑星間商用船の航路に突如としてもやのようなものが出現。

 始めはデブリと判断し回避行動を取った一行だがその「もや」は船を追尾するように動き、中から無数の生命体が飛び出し船への侵入を試み始めた。

 船員が命と引き換えに周囲の宇宙船や地球に送信したデータには人型ではあるものの、大きく姿形の異なる生物が映し出されていた。


「あっちゃぁ、ここもデブリにやられちゃってるよ」

 光速移動後のステーションのメンテナンスをしていた下里サガリはバディの真宇マウに損傷箇所の報告をしていた。

 真宇は下里の報告を基にUIにデータを記録していく。

「この辺って確かヘイズの出現地帯だって報告上がってなかったっけ。こんなタイミングで現れたら嫌だね」

 異生物の出現の前兆として認知されたおよびそこから出現する敵性生物はすでに「ヘイズ」という呼び名で浸透していた。

 見通しの良い視界からでも突如として現れるヘイズと異生物に対して人類は未だ有効な対策を打つことはできずにいた。ただ見つければ全速力で回避をし、捕まれば運が悪かったと割り切るしかない災害のような存在だ。

 もっとも、そのヘイズ回避のために当時100年計画であった光速移動技術の実用化が早まったのは怪我の功名でもある。

「重損傷ゼロ、中損傷27、軽損傷730。奇跡の出来だね」

 一方的に喋る下里に対し真宇は寡黙だ。すべての損傷状態を記録し終えるとジェスチャーで船内へ戻る仕草をした。

「了解。帰投する……真宇、あれなんだと思う?」

 ハッチに手をかけた真宇の肩を叩く下里。振り向いた彼に下里は指をさして問いかけた。

 ほとんどが不定形の岩ばかりのこの宇宙空間において完成された球状の物体というものは殊更に目を引く。

 それはどこかからの星の光を受けきらきらと白く光っていた。

 真宇は首を横に振るが、下里の眼はその卵のようなものと同じくらい目を輝かせていた。

「持って帰ろうよ。研究者たちに渡せば俺達の待遇上げてくれるかも」

 卵は変わらずその場から動く気配を見せない。

 真宇はしばらく悩んだが、断ったところで食事の時にでもぐちぐちと恨み言を聞かされるのも嫌なので未確認物体回収申請を送信する。

 数秒後に「承認」の二文字が返ってきたところで彼はため息をつきそのメッセージを下里のUIに転送した。

「よっしゃ。じゃあさっさと回収しちゃおう。距離はおよそ50。命綱足りるかな」

 エアーを噴射しゆっくりと卵に近付く下里。

「30……20……10……」

「待て」

 もしも異星人の罠だとしたら?そうでなくても明らかに人工物のような形状のものがこの広い宇宙空間で自分たちに見える位置にあるのはおかしい。

嫌な汗が頬を伝う。

「ごめん、もう取っちゃった」

 両手いっぱいで抱えるように卵を抱えて戻ってくる下里。

 真宇は再びため息をついた。

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