すずめ

一日一作@ととり

2018年3月17日 すずめ

「すずめ」と声がした。すずめは水底から顔をのぞかせ、滝の上を見た。おかしらさまが居る。「仕事だ、明朝、西の国へ立て。やまめに付いて行け。詳しい行先はそやつに聞け」


すずめは水から出るとおかしらさまに向かって礼をした。すずめは山の子だ。銛を持ち、川で魚を突いては里まで降りて売っている。おかしらさまはすずめに名前を付けてくれた。服を与えてくれた。寝床を用意してくれた。すずめに人間らしい声をかけてくれる。だからすずめはおかしらさまが好きだ。


一方やまめのことは嫌いだった。やまめはすずめに嫌なことをさせる。やまめはすずめに人を殺させる。すずめは銛で魚を突くのは好きだが、人を突くのは嫌だった。でもそうすると、おかしらさまは褒めてくれる。だからすずめは渋々やまめについていった。


「すずめ、何をむくれている?」やまめは山道を歩きながら聞いた。「やまめには関係ない」すずめはやまめにあえて逆らう。「おかしらさまのことか?」やまめのこういうところが嫌いだ。平然とすずめが聞かれたくないことを聞いてくる。「すずめも成長したな」やまめは笑う。「どういうこと?」すずめは聞き返した。「大人になってきたってことさ」


数日後の夜、すずめは湖の中にいた。水の中だと音がよく聞こえる。水の中はまっくらだ。周りで魚の気配がする。自分の心臓の音が聞こえる。その音に酷似していてでも別の心臓の音が遠くで聞こえる。その方角にすずめはそっと水を蹴った。


その音を突いたのは、数分後だった。水のなかに隠れていた黒い装束の男、仲間に似ているが仲間ではない男。「よくやったすずめ」やまめに褒められてもちっとも嬉しくない。やはり、おかしらさまに褒められたい。そしてご褒美をもらいたい。早く帰ろう。


「すずめよくやった」おかしらさまはすずめを褒めてくれた。「おかしらさま」すずめはその手を握る。おかしらさまはすぐ気づいて、すずめを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。おかしらさまの身体は柔らかくて、暖かくて、気持ちいい。お返しにすずめもおかしらさまを抱きしめる。いつの頃か、おかしらさまはすずめより小さくなっている、おかしらさまの身体を両腕ですっぽり包み込むと、すずめは充実感でいっぱいになった。


「すずめは可愛いな」おかしらさまはすずめの頭を撫でる。「すずめ、私と遠くに行かないか?」おかしらさまはポツリとそう呟いた。すずめはおかしらさまに寄り添う。「おかしらさまとならどこにでも行く」おかしらさまはふわりとほほ笑むと「可愛いなすずめは」と呟いた。そしてこうもいった「私が信用できるのはお前とやまめだけだよ」


数日が経った。すずめがねぐらにしている小屋で昼寝をしていると、やまめが入ってきた。「すずめ、おかしらさまを連れて逃げろ」すずめは銛を掴むと、外に出た。外にはおかしらさまが旅支度をして待っていた。「すずめ、私を守ってくれ」


すずめは、すずめしか知らない山道をおかしらさまと進んだ。夜になって、野宿をするときは、服をおかしらさまにかけた。すずめは平気だったが山の夜は冷える、追っ手に気づかれないように火は起こせない。それでもおかしらさまは震えていた。すずめは冷えたおかしらさまの身体をぐっと抱き寄せた。自分の身体の奥底がずきんとうずく感じがした。おかしらさまはじっとしている。「おかしらさま、おらなんか身体が変だ」「頭がぼっとして、へその下のほうがむずむずする」おかしらさまは、静かにいった「お前はもう大人なんだよ」「大人の男になったんだ。」そしてしばらく黙ったのち、こういった「すずめは私が好きかい?」すずめは即答した「すきだ。だいすきだ」おかしらさまはいった「では、いままで頑張ってくれたからご褒美をあげよう」そういってすずめに口づけした。


翌朝、すずめは今までにない充実感で起き上がった。不思議な一夜だった。おかしらさまの身体と自分の身体がああいうことになるなんて思わなかった。すずめはおかしらさまへの思いが募っているのを感じた。朝日がまぶしい。おかしらさまのために魚を取って来よう。そうすずめは思った。谷川に降りて魚を狙っていると、周りでただならぬ気配がした。あわてて山を駆け上がり、おかしらさまの元に行った。くぐもった悲鳴のような声が聞こえる。おかしらさまが居た所には、数名の男が集まっていた。おかしらさまは後ろ手に縛られ、今まさに首を落とされようとしているところだった。


銛がきらめいた。おかしらさまの首を打ち落とさんと刀を振り上げた男が心臓を射抜かれて絶命した。魚のようにひらりと、すずめは現れた。そして男から銛を引き抜くと、手近な男の心臓めがけて打ち込んだ。すずめは素早かった。足元に転がっていた刀を拾うと見よう見真似で構え、あと二人の男に対峙した。刀で人を切ったことはない。だから突いた。サギのように素早く。一人の心臓を突きさし、逃げ出したもう一人は後ろから一突きした。


「すまない、おかしらさま」すずめはおかしらさまの縄を解きながらいった。「いいのよ。すずめ、よく助けてくれたわね」おかしらさまは立ち上がると「新たな追っ手が来る前に行きましょう」といった。山の尾根を越えている時おかしらさまはすずめにいった「もう、おかしらさまは止めて」「じゃあ何と呼べばいいんだ?」渡りの燕が山を越えていく。「つばめがいいわ。」「自由に楽し気に空を飛んでるもの」すずめはいった「わかった、つばめだな」つばめはさらに続けた「お前も、すずめじゃないほうがいいわ」そういってしばらく考えると、「鈴丸はどう?」と聞いた。「すずまる。うん、わかった。おかしらさま」そういって、すずめは慌てていいなおした「わかった。つばめ」つばめは笑った。尾根の上を気持ちのいい風が吹いていた。(2018年3月17日 了)

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