濁流

リカオンがセルリアンを倒すのに、時間はかからなかった。

「あんな小さいセルリアンなら、ちょちょい、っすよ」

「小さくても、私こわくて」

シマウマは身震いする。そんなに危険には見えなかったが。

「間合いも狭そうだし、何か武器でもあれば難しい相手じゃなさそうだけど」

「何言ってるんすか!油断して喰われたら、どうなると思ってるんすか!」

「どうなるの?」

「えーと、元の動物に戻って、フレンズとも話しができなくなる…とか?」

死ぬわけではないのか。

「そうだ、君もセルリアンハンターになってみないっすか?ハンターは常に人手不足でね。強いフレンズを探してるんだ」

常に人手不足。つまり危険が大きいということか。危険はなるべく避けるべきだ。慈善活動で死ぬのはごめんだ。

「僕は戦うのはちょっと」

「そうかー、残念。眼光鋭いから、結構いいもの持ってると思うんすけどね」

眼光。目付きが悪いとは子供のころから言われてきた。父さんにも、それで何度も殴られた。父さん?て、なんだったろう。

とにかく、自分の目は嫌いだった。

「ま、ゲートはもうすぐそこだ。わからなくなったり、困った時には誰かフレンズに頼るといい」

リカオンとシマウマは、ゲートまで送ってくれた。彼女たちも敵ではなかった。

ゲートを抜けると、景色が全く変わった。

「ここは…ジャングルなのか」

「そうだよー!君は誰?」

「わっ」

いきなり水中から現れたのは、ワニのようなゴツゴツした服を着た女。何か怒っているのか。

「怒ってないよー、もともとこういう顔なのよ。わたしはミシシッピーワニ。どこ行くの?」

同じ話を何度もするのは苦手だ。

「としょかん」

一言で済ませた。

「としょかんかー、この先のあんいん橋を渡ればこうざんが見えるわ。そのままサンドスターの山裾をぐるっと回ればとしょかんよ」

どうやら先は長そうだ。他の鳥を探して、飛び方を教えてもらった方が早いかもしれない。

「鳥のフレ…ンズは?」

「鳥のフレンズ?そうだなぁ、こうざんの上空を飛ぶのを見たことはあるね。あとは…みずべちほーかな」

こうざんを登るには、装備も経験も足りないのではないか。こうざんにかかる雨雲は、時折雷鳴を響かせている。

「みずべちほー?」

「あんいん橋を渡ってさばくのすぐ先ね」

砂漠?砂漠といってもいろいろあるが、僕の故郷に近い…故郷ってなんだろう。とにかく親近感がある。

「じゃあ、そっちに行く」

「でも、なんだか雲行きが怪しいから、気をつけてね」


橋は、すぐに見つかった。

木製の橋は足を乗せるとギシギシと軋んで、作られてからの年数を感じさせる。ろくにメンテナンスもしていないのだろう。

「あれー?どうしたの、橋を渡っていくのかい?」

呑気な声がした。

黄色い、斑点模様の服を着た人が水から上がってきた。

「なんだか、水嵩が減ってるんだよねー。なんだろう?」

言われてみれば、川は河川敷の広がりと比べて水嵩が少ない。上流のこうざんでは激しく降っているはずなのに。

「どこかで堰き止められている?」

だとしたら、ここにいるのは危険だ。いつ鉄砲水が発生するかわからない。

「早く逃げて!」

「え?ええ?」

「いいから!」

他人など、放っておけばいいのに、何故僕は必死に叫んでいるんだ。

「わからん、全然わからん。が、君が必死なのはわかった。よし、逃げるぞ!」

彼女は僕を肩に担ぐと、目覚ましいスピードで走り出した。

橋を渡り、高台に達するまで、スピードが落ちることはなかった。

ゴゴゴゴゴ

背後で轟音がし、担がれたまま振り返ると、膨大な水が、橋を飲み込んでいくところだった。

「危なかったなー。君のおかげで助かったよ。ありがとう。わたしはジャガー。君は?」

僕は名前も記憶もないことを、たどたどしく説明した。

「そうかー、まあでも、気にすることでもないな。名前なんて大勢いる時に呼べればいいんだし、自分が誰かなんて、他の誰かが決めることさ」

「他の誰か?」

「そう。例えばわたしは、君のことを、他人のために必死になれるやつだと思った。違う誰かは、また違うように思うんだろう。そうやって、自分が誰かは、決められていくんじゃないかなぁ」

他人のために。違う、僕は今まで、他人のために何かをしたことなんてなかった。自分が生き延びるだけで精一杯だった。

「そんなこと…ないよ」

「君が君のことをどう思うかはわからんけど、わたしはそう思うのさ。さて、このままじゃんぐるを抜けてしまおう」

「え?」

「はははははは!」

ジャガーは、僕を担いだまま、再び走り出した。

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