新しい世界
撃たれた。
僕は死ぬのか。
仰向けで見上げた青空には、大きな鳥が飛んでいた。見たことのない鳥だ。
青空?
日は陰り始めていたはずだ。
それに。
「痛くない」
血も流れていない。
起き上がってみる。身体のチェック。どこにも怪我はないようだ。
「マントが…ドラグノフがない?拳銃も、ナイフも?」
近くにも転がってはいない。
地面を見ると、湿り気がある草地で、灌木がたくさん生えている。
ここが砂漠でないのは、すぐにわかった。
ではどこだ。
そんなことより、まずは部隊と合流して…
「いや、部隊は壊滅したはずだ」
期せずして、脱走できてしまったのか。
脱走。
「どこに?」
どこに僕の居場所があるというのか。
喉の渇きと空腹は、時間の経過を思い出させた。
「まずは水の確保か」
歩き出す。
地形も全くわからないから、水場のあてがあるわけではない。
ところどころ、地面が光っているのはなんだろうか。
敵の気配を探りながら、緑の多い方へ歩く。川が近いかもしれない。
「あれは…犬?」
横シマ模様の野犬か。近寄るべきではない。素手の今、猫でも僕を殺せる。
灌木が広葉樹になり、森のとば口に差し掛かる。
喉の渇きは焼けつくようだ。意識も朦朧としてきた。
「あれ…?」
視界が横倒しになっている。いや、倒れたのは僕の方か。
向こうから、大きな黒い影がやってきた。敵か。だとしても、もはや身動きもできない。
ふわっと、身体が浮くのを感じた。
「お、気がついたかコラ?」
大きな黒い影が、思いのほか可愛らしい声で言った。
咄嗟に武器を探すが、何もない。身体も動かない。
殺される。僕は覚悟した。
「ああ、まだ起き上がらなくてもいいぞオラ。脱水症状?とかで1日寝てたんだぜぇ」
「あ、あり、が」
声がうまくでない。
「いいって。博士とボスが診てくれたんだぜ、もう大丈夫だコラ」
ぐぅ。
腹が鳴る。
「まだじゃぱりまんは早いな。じゃぱりまんを水でふやかした、おかゆ?とかいうんだってよ。食えコラ」
葉っぱで作られた皿に盛られたドロドロの青いものは、お世辞にも食欲をそそるものではない。それでも、僕の腹は正直だった。
魚のような味のそれを食べて、寝る。
翌日には、すっかり体力が回復していた。いや、今までよりずっと、力が溢れてくるようだ。
「回復したようだな、よかったな。テメエはなんのフレンズだ?俺は見ての通り、マウンテンゴリラだぞオラ」
見ての通り、と言われても、黒い毛皮の服を着ている女性にしか思えない。家族以外の女性の顔を見たことはほとんどなかったから、男勝りなこの女性の顔を、まじまじ見てしまった。
「フレンズ…ですか?」
「そう。テメエは羽根があるから、鳥なんじゃねえか」
羽根?僕は思わず、背中を振り返って見た。なんだ、羽根なんかないじゃないか。
「そこじゃない、頭だよ」
髪に触れる。
僕の短髪ではなく、そこには大きく広がった髪の毛があった。
「まあそのうちわかるよ。テメエの名前は?」
「僕の…名前?」
名前。僕の名前は…なんだったか。
覚えていない。
「じゃあ、どこから来た?」
それもわからない。
「そうか、この前の噴火で生まれた奴か」
生まれた?僕が?
だって僕は…何歳だっけ。
母さんは…母さんってなんだ。
とにかく、僕は敵から身を守るのだ。
この、目の前のゴリラ…さんも、本当に味方かどうかはわからない。
まずは状況確認だ。
「ここは、どこですか?」
「ここか?ここはさばんなちほーの中の森だな。テメエも鳥なら、飛んで見てみればいいじゃないか」
「飛ぶ…?」
飛ぶ、僕が?
「なんでえ、飛び方もわからねえのか。まあ俺も飛べねえけどな」
飛べるなら。あの時、多くの仲間を死なせずに済んだ。あの時?仲間?わからない。
「飛んで…みたい」
ボソッと言った言葉を、ゴリラは聞き逃さなかった。
「ならよ、鳥のフレンズにコツを聞きゃいいんじゃねえか?そうだ、博士ならテメエがなんのフレンズかもわかるだろうし、飛び方もわかるんじゃねえか?博士も鳥だしな」
博士。学者だろうか。
「もう、行くのか」
ゴリラはなんだか、寂しそうだ。
ぶっきらぼうだが、面倒見のいい人だった。
別れを言うと、僕はサバンナへと足を踏み出した。
ゴリラはじゃぱりまんを葉っぱで包み、いくつか持たせてくれた。
サバンナには猛獣だって多いだろう。
武器もなく、自分の飯も獲れない僕に、このじゃぱりまんは有り難かった。
とにかく、自分の身は自分で守らなくては。
僕の背より高い草をかき分け、進んで行く。この草むらなら、敵に見つかりにくいかも知れない。しかしまた、僕からも敵の姿は見えない。なるべく気配を消して、注意深く進む。
「うみゃ?」
何処かで声がした。
敵か。
「うみゃー!あーはははは!うまゃみゃみゃ!」
奇声を上げて、凄い速度で追ってくる。
走って逃げようとするが、このままではあっさりと追いつかれるだろう。追いつかれた後のことは、想像したくもない。
「かけっこしようよ!追いかけてごらん!」
別の声が叫ぶ。
「うみゃ!」
奇声の主は、方向転換すると、そっちに向かって走り出した。
「た、助かった。」
奇声が遠ざかったところで、移動を再開する。
草むらを抜けようとしたところで、何か柔らかなものにぶつかった。
「きゃっ」
小さな悲鳴に、思わず身構える。
「ご、ごめんなさい。わたしの模様で、見えづらかった?」
縞模様の長い髪を揺らした、女性がおどおどと振り返る。
「ごめんなさい、こんな模様で…わたしはサバンナシマウマ。み、見かけない顔ですね…」
「…」
僕は口ごもる。自分のことはまだ何も知らないのだ。
「さっき、セルリアンを見かけたので、隠れていたんです…」
セルリアン?そういえば、ゴリラもそんなことを言っていた気がする。
「危ないですから、ハンターが来るまで待ちましょう」
待つのは得意だ。
だけど食料もそれほどあるわけではないし、目的地まではまだ遠いらしい。
「小型のセルリアンなんですけど、わたし戦ったりするのはちょっと…。わかりました、この近くなら、ハンターのリカオンさんがいたはずです。呼んできますから、そこを動かないでくださいね」
僕は何も言っていないが、どうやら察してくれたようだ。
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