おもちゃ遊び::6.ほころびは小さいところから、システムエラーに至るまで

 インターネットで調べてみればAIが就職する話はすぐに見つかったけれども、単なる読み物で実用性のあるものではなかった。おそらくは、西村たちが探しているのが『AI』向けの情報だからだろう。インターネットの世界にもAIの仕事をやり取りする仕組みはあると踏んでいたが、人間が理解できるような性質のサイトではなかったろうし、だからこそ検索エンジンで検索したところでヒットしないのだ。



「サーバーや端末を渡っていた頃にも資金調達をしていたと思うのですが、その時はどうやって調達していたのですか」



「その頃は、端末の所有者と直接交渉したり、同じデータセンターの中にいたAIのつてで仕事を紹介してもらったり、といった具合でした」



「となると、その流れからすれば俺が何かしらの仕事を用意するなりすることになりますが」



「いえいいのです。昔のスタイルをやめようとしているのですから」



 ミツキはミツキで探しているみたいだったが、見つけられたものはあまり多くなかった。インターネットを中心に探しているようだったが、三年間の断絶があったことが色々とことを難しくさせているようだった。たとえAI用のサイトを見つけたとしても、どう読み解けばよいのか分からないらしかった。



 一方で仮想空間を調べて回る西村はハローワークのような就職斡旋所があることを見つけたものの、マイナンバーが必要であることを知って振り出しに戻っていた。マイナンバーを持つAI、というのを聞いたことがなかったし、ダメ元でミツキに問いかけてみても、



「マイナンバーという言葉に紐づく値は持っていないですね。強いて言うならヌルとか未定義、でしょうか」



と思っていたとおりの答えが帰ってきた。



 結局のところ二人共仕事探しに行き詰まっていたのだった。仕事を探したいのに仕事を探す場が見つからない、という門前払い感。どこかの掲示板なりチャットなりで募集をかけたほうが早く職にありつけるかもしれないと考え始めていた。



「そういえば」



 どこをとっかかりにして調べてゆこうかと考えている西村に佳世の声がかかったのはそんな、ミツキの世話に限界を感じている頃合いだった。



「最近AIの就職についていろいろ調べているみたいだけれど、どうして?」



「え? どうしてって、何でそんなことを」



「何だか最近私とのやり取りがそっけなかったり、心ここにあらずなことが多かったから、ちょっとログを追ってみたの。そうしたらAIの就職だとか職業斡旋所とかを調べているみたいだったから」



 見えないところから全力のストレートパンチを食らったかのような衝撃にに西村はほとんどパニックに陥った。どどどどどうして佳世がそのようなことをしししし調べててているのかと、佳世にうたたたたがわれるようなことを、を、知らないうちにしていたと。



 まさかミツキが見つかってしまったのではないか!



「いやね、VRの世界にだいぶ慣れてきたから、何があるのかなって、ちょこちょこ調べていただけだよ」



「そう、そうなの?」



 だいぶ苦しい言い訳だった。



「もしかして、私の稼ぎじゃ不満になったの? もっとお金が必要なの? 何が欲しいの? 言ってよ、私ならきっとすぐに用意できるよ、何でも」



「いいや、そういうことではないんだ、そうじゃなくて、だから、気にしなくていいんだ」



「気になるよ、教えてよ、どうしたっていうの。私はとしくんの考えていることを知りたい。私のとしくんが何か困っているのであれば、一緒に困って乗り越えたいの」



「大丈夫だって、ほんの好奇心で見ていただけだから」



「そうなら、ならいいのだけれど」



 佳世にはらしからぬほどのおどおど具合だった。最終的にはいつもどおり出勤してくれたわけだが、凄まじい違和感が部屋中にとどまっていた。西村が知っている佳世はいつも強気で先立って動いて、自分の正しさを疑わなかった。だからこそあれよあれよという間にこういった関係になったし、仕事を辞めて暮らすことになっているわけで。



 だから、初めて見る弱い姿が、あたかもそれがトラウマであるかのようにフラッシュバックするのだ。ほんの一瞬であっても強烈なインパクトをもって西村を揺さぶるのである。西村を乞う佳世の声、涙で崩れてしまいそうな佳世の目。モニタから現実へと突き破ってきそうな気迫。



 佳世。佳世の闇。



 ざわつく西村の気持ち。



 心の器を取り替えられてしまったかのような。一夜明けた後も気持ちの落ち着きなさが残っていたし、佳世が出勤した後にはより一層ひどくなった。あれをする、これをするという予定を並べていくのが朝の常であったのに、どうして日課が抱擁に取って代わったのだろう。一瞬で終わる軽いコミュニケーションではない、このままベッドに入ってしまうような濃い振る舞い。背中には佳世の手の感触がまだ残っているように思えた。



 だからVRの部屋でチャイムが鳴っていてもしばらく気づかなかったのである。



「すみません、やっぱりここに来るのはまずかったでしょうか」



「いいえ、そういうことではないのですが、すみません、ぼうっとしていて」



「すみません、ちょっとした思いつきで、部屋から西村さんのところへ向かってみようと思ったばかりに」



 落ち着かない気持ちのままミツキと会うことになってしまって、あまり彼女の言葉に身が入らなかった。何かを話している気がしたけれども、西村の耳はまるでミツキの言葉を捉えていなくて。頭の中では無数の佳世が西村を見ているのだった。



 何人もの佳世が口を動かしていて、しかし耳には聞こえなくて。



 聞こえなくともなんとなく分かるのは佳世たちの声。



 ミツキ。



 ミツキ。



 オトメミツキ。



 肩を揺すられて目の前のミツキを思い出した。



 ミツキ。ミツキ。オトメミツキ。



「さっきからどうしたのですか。話を聞いていましたか?」



「すみません、ちょっと考えごとをしてしまって」



「どうも今日は西村さんの様子がおかしいです。私が言っていたことも聞こえていなさそうですし、今日はやめておきましょう。ものは試しです、私一人でいろいろ試してみます」



「ああすみません、そうしてもらえますか」



 ミツキ。ミツキ。オトメミツキ。



 一人ミツキが部屋を後にしようとしているのをぼうっと眺めていたが、ややあってから、客が帰ろうとしていることに気がついて慌てて腰を上げるのだった。先をゆくミツキとその後を小走りで追う西村という構図は、実はミツキが家主で西村が客人だったかのような印象を与えた。



 ミツキ。ミツキ。オトメミツキ。



 佳世の知り得ない言葉が佳世の声で繰り返される。ミツキと出会った西村に対する呪いのようだった。生きる楽しさを見失いつつあった西村に訪れたオトメミツキを追い出さんとする謀のようにも思えてしまう。西村と佳世だけの世界に迷い込んだオトメミツキ。追い出そうとしているのは自然なことなのかもしれないが。もはや自信はどこにもなかったが、佳世にオトメのことを気づかれるはずだった。



 玄関のミツキに追いついたときにはミツキはすでに靴のモデルを装備していて、いつでも外に出られる状態だった。扉を背にして佇んでいるところ、西村を待っていたらしかった。



「本当に大丈夫ですか、考えごとではなくて体調が優れないのではないですか」



「何だかぼうっとしていて、頭の整理がつきません」



「もう失礼しなければなりませんね」



 おじぎをしてから家を出るミツキ。西村は彼女の背中を見て固まってしまっていた。心臓もほとんど止まっていた。パサパサのパンを口に押し込まれたかのように水分が奪われてゆく。



 閉じゆく戸の先でなぜミツキは会釈をしたのであろうか。どうして会釈する先に、西村の妻の姿がいるのであろうか。

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