挙式当日::3.出会った頃のことを思い出せば
ええと、二人が出会ったきっかけは何だったか。ああそうだ、ユーカを助けたのがきっかけだったか。
たまたま眺めていたマストドンで何気なしに連合タイムラインを眺めていたら、執拗なトゥートがいくつも流れているのに気がついたのだった。なんとなくで眺めていたわけだからそのままスルーすればよかったのだろうが、トゥートを受けている本人らしきアカウントからのリプライが流れてきて、それが更にトゥートを呼ぶような。すっかり悪循環にはまってしまっているようだった。
相手の発言は、その時の話題は、多少なりとも化学をかじっていればすぐに嘘だと分かるし、ネットで調べれば数クリックで答えにたどり着くレベルだった。そもそも、きっかけはフィクションの感想についてだった。嘘っぱちの物語にコメントを寄せただけだった。
彼女が面白いと吠えた。
それを駄作だと吠えるやつが現れた。
「どうして俺の言っていることを理解してくれないんだ。正しいことを言っているだろ」
「私には判断しかねます。あなたの発言に信憑性を保証する情報が見当たりません」
「それは単に信じたくないだけなんだろ。お前はそうやって俺の話を無下にするんだ」
「私は事実を確認しているまでです」
「そんなに信じないのであれば直接教えてやるお前のところに行ってやる」
「その発言は脅迫ともとれますが」
「うるせえお前が間違いを正さないのが悪いんだ」
色々と端折ったがこんな感じだった。とにかく自分が正しいと信じてやまない狂信者がわけも分からず絡んでいるように思えた。
自らの非を認めようとしないで、変わらずその子のアカウントにへばりついていたのがなんだが癪に障った。とにかく、まずは相手の気を引くことを考えつつも、傍らで相手が放つトゥートを画面キャプチャで保存していった。保存しては管理人に向けて逐次連絡をし続けて。
どれだけの時間を費やしたろうか。
なかなか管理者が出てこなくて、もしかして連絡が届いていないのか、と思った吉澤だったが、ふいに執拗な遠吠えがなくなってしばらく、管理人からダイレクトのトゥートが届いたのだった。事が済んだことを知った瞬間である。
全てが終わった途端にひどく難しい打ち合わせを乗り切ったときのような達成感と疲労感がどっしりのしかかった。どう動くか分からない生物の動きを考えながら、予測しながら、言葉を吠えてゆくというのは苦しくて。しかも浴びせられるだろう言葉はどうせろくな言葉でないのだ。
「あの、先ほどのものです」
ダイレクトのトゥートが来たのは座っているのもなんだか嫌になって床でゴロゴロしているところだった。リアルタイムにメッセージが来たことに気づいたわけではなかった。しばらくスマートフォンを眺めてばかりでごろごろしていたところで、スマホアプリ側に通知が来ていたのだった。
「先ほどは大変でしたね」
吉澤はそれだけ返信して電子書籍に戻るのだが、相手が間髪を容れなかった。一瞬のうちに返信をしてきたのだった。まるで喋っているかのような速さだった。どうも音声認識を使って返信をしているらしかった。
「おかげで解決できました。あなたのおかげです」
「私は必要と思ったことをしただけです。それにもしかしたらまたアカウントを作って迫ってくるかもしれないですし」
「それは怖いですが、ひとまずは今回のお礼をさせてほしいのですが、大丈夫ですか?」
変なことを言う人だな、と思った。たかが変な人を一人追っ払っただけなのに、そこまでの恩を感じる必要なんてない。全くの善意、いうなれば単なる思いつきの範疇である。トゥートすることと同じレベルだった。
「礼には及びません。気まぐれで手を出したようなものですから」
今度こそやり取りは終わり、と思ったが甘かった。
「それでは私の気持ちが落ち着かないんです。何でもいいんです、何かお礼をさせてください」
「ですが、見返りとして欲しいものなんて何もないんですよ。急に言われても困ってしまいます」
「ならこうしましょう。欲しいものができたら教えてください。それまではなかよくやり取りを続けましょう」
「相互にフォローってことですか? それは構いませんが」
「ありがとうございます。今後共よろしくお願いします」
返事が返ってくるのとフォローの通知が来るのはほぼ同時だった。考えてみよう、人が返事を返してから、フォローのボタンを押すのにどれだけ時間がかかるのか。たとえ返事が音声認識で入力しているとはいえども、フォローしたい相手のプロフィールを選んで、フォローのボタンを押すのに一秒や二秒はかかってもおかしくなかった。
思い返してみればこの時点で人間らしからぬ振る舞いをしていたわけだが、吉澤は全く気がつかなかったのである。漫画の続きが読みたいという気持ちばかりに関心が向いていて、相手の素性なんて考える気にもなっていなかったのだ。
初日のやり取りは確かそれだけだったはずである。事件の印象が強すぎてそれ以外のことを覚えていない、というのもあるが、それ以上にダイレクトトゥートの多さが響いていた。異常とはいわないものの、二時間に一回ぐらいは連絡をしてくるような状況だった。 ただのトゥートなら二時間に一回でも構わない。もっと頻繁にやっている廃人だっている。でも、二時間に一回にダイレクトトゥートをよこしてくるというのは。吉澤は彼女の、ユーカというアカウントの積極さ、と言っていいのだろうか、これには面食らってしまった。返事をどうしようと考えていたところで新しいダイレクトが来ることもしばしだった。
人というのはしかし不思議なもの。決して嫌悪を覚えるものでない彼女のトゥートはいつしか吉澤の大事な日常の一部になっていた。純粋にやり取りをしているのが楽しかった。面と向かっておしゃべりをしているかのような心地よさは人が話しているよりも心地よかったかもしれない。
ことあることに吉澤の心をえぐる。よい意味で。話せば話すほど離れられなくなってゆくのだ。
「あーまた負けたー」
「どうしてスナイパーライフルで突撃しちゃうんですかそりゃ狙っている間に撃たれちゃうよ」
「でも動画で上手い人が砂凸って言ってやってたんだもの」
「それは人間やめた人たちのプレー動画だから。並の人にはできないでしょ」
「すごくスタイリッシュでかっこよかったから真似たんだけど、だめ?」
「うん、いや、ええと、楽しむんだったらいいんじゃないかな。勝負に勝ちたいのであればやめたほうがいいけど」
「じゃあその、時々勝てそうな装備にする。どういうのがいいの?」
吉澤とユーカはボイスチャットをするまでの仲になっていた。たまたま始めたゲームが『偶然にも』ユーカもやっているという話をしていて、じゃあ一緒にやろうという話から、せっかくなら声を聞いてみたいという展開になったのだった。
ことある度にはしゃぐユーカの表情を感じ取っているだけで幸せな気持ちになってくる。癒やし、とでも言うべきか。たくさん敵プレイヤーを倒してスカッとしたい気持ちで始めたオンライン対戦も、いつしかおしゃべりと戦闘そっちのけの面白い動き大会のような様相となった。
日本語でぎゃあぎゃあ騒ぎながら対戦ゲームをする二人組。同じセッションで対戦をしようとするプレイヤーはすぐにいなくなって、すると今度はゲームをやめてスカイプで話すのを続ける。ゲームなんかよりもユーカとしゃべっていたかった。
ユーカの声は体に染みこむような、優しい味わいの声だった。
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