挙式当日::4.始まりの時は唐突だった
ユーカとの会話は止められない。
暇さえあればユーカに連絡をとった。もちろんユーカの都合で連絡が取れないことだってあったものの、まれなことだった。大概連絡を取った瞬間につながるという、凄まじい速度だった。すぐそばにユーカがいて、ふらっと声を書けてみればすぐ応えてくれる関係。ネットでしか知らない人だけれど、リアルで知っている人よりも親密だと迷うことなく言えるレベルだった。
ある時、オンラインショッピングにつきあって欲しい、という連絡があった。ウェブサイトの画面を見ながらスカイプをするのかしらと思いながら話を聞いていたら、VRに入ってショッピングをするというスタイルの場所があるらしくてびっくりした。
ユーカからの誘いを断る理由なんてなかった。誘いを受けてからVRの機械を購入するのに十分もかからなかった。一番安いものでも十万円を軽く超えるようなものだった。しかしユーカと仮想現実とはいえども会えると思えば。安いどころか粗悪品のようにさえ感じるのである。
ユーカと交流すうるためにその程度の金しか出せないのか。もっと没入感のある、全身にまとうVRスーツを買えないものか。五十万!
十万円の機械と五十万円のスーツを見比べて悶えること九分。泣く泣く吉澤は十万円の機器を購入するに至ったのである。
待ち合わせ場所であるVRショッピングモールの入り口には、吉澤のほかには誰もいなかった。デジタルの空間で相手を待つというアナログさはなんだか落ち着かなかった。入り口の隅に突っ立って眺めていれば、ちんちくりんな格好のグループやカップルで門をくぐる人が多数だった。さすがに家族連れはいなさそうだった。
見かける人たちが皆連れ立っているところ、もしかしたら待ち合わせの場所としてふさわしいところがほかにあるのかもと思い始めていた。吉澤が建っている門よりももっとシンボルとして分かりやすい忠犬のモニュメントがあるかもしれなかった。
グループがやってくる中で一人で歩いているアバターがいてなんとなく親近感が湧く。誰かと待ち合わせなのだろうか。見た感じラフなパンツスタイルといったところか。ジーンズとパーカー。シンプルな装い。
吉澤と同じように誰かを待っているのか、それとも一人で買い物に訪れた猛者なのだろうかと考えを巡らせていれば、いつしかその人は吉澤めがけて手を振ってきているではないか。
「おまたせしました」
ああ、ユーカだ。声を聞けば一瞬で誰だか分かった。ああこんな人なんだ、とまじまじと眺めてしまった。目の前に広がっている空間が現実空間でないことを一瞬にして忘れてしまった。長い金髪を揺らしてやってきた彼女。仮想空間には風が吹くのだろうか、彼女のであろう匂いが鼻をくすぐった。
ユーカにはなんとなく目当てのものがあるらしいが、そのようなことを全く打ち明けないでウィンドウショッピング。かりそめの手に持つパンフレットはさながらウェブサイトを手に持っているかのようで、自分たちがどこにいるのかは矢印で常に示されていたし、マップの中の店を指先で触れればたちまち店舗の概要やお得情報が見えるようになっている。
何回もスクロールしたりピンチインをしないと全体を見ることができないほどの広さではパンフレットは必須だ。だが全くものともしないユーカは一度もパンフレットを開くことなく店という店を訪れる。片っ端から総当りではなく、
「次はあっち」
「あそこはなんかかっこよさそうな雑貨が売っているんだって」
「こっちはリアル雑貨と一緒にバーチャル雑貨も売っているんだよ、おそろいができるよ」
楽しみすぎてパンフレットを全て覚えてしまったかのような。
実は飽きるほど通っているかのような。
色々と考えを巡らせてみたけれど、ひと目ユーカのはしゃぐ姿を見るとあれこれ考えているのも意味がないと悟るのである。
楽しいから、ユーカが楽しそうな気持ちが吉澤にも伝わってくるから。それでいいじゃないか。幸せな気持ちで十分じゃないか。
「ねえ、ちょっと休憩しよう。この近くに有名なお店があるから、そこに行こうよ」
「有名なお店? 買い物でもするの?」
「やだなあ、休憩といったらお茶とかスイーツでしょ」
「いやでも、ここ、VRなんですがそれは」
「私あんまり気にしたことないけれどなあ」
「まあとりあえず、確かに疲れてはきているから一旦休もうか。ここはかなり広いし」
仮想現実の世界の中にいるわけで、現実の肉体を動かしているわけではない。しかし頭では実際に動いていると錯覚しているのか、太ももに波紋のように疲労感が広がるのである。
ユーカに導かれてたどり着いた先は、言われてみればどこかで聞いたことのある名前の店だった。どの動画サイトのストリーミングで見たのか、あるいは記事で見たのか。ええと、食事をしているときに目の当たりにしてお腹が空いたのだ。見るだけでお腹が減ってしまうハンバーガーを売っている店だった。
ユーカがいち早く腰を下ろしたのはオープンテラスの片隅だった。座るなり正面に半透明のメニューが浮かび上がってきていた。向かいあって腰を下ろせば吉澤の前にもバーチャルメニューが出現する。はてさて、仮想現実で何を食べるというのか。
見たところバーチャル空間のインテリアとしての料理と、地域限定で宅配を受けつけているようだった。吉澤の済んでいるところでは宅配には対応していなかったが、ユーカの住んでいるところでは対応しているということか。吉澤が考えられるのはこれぐらいだった。
せっかくだから何か頼んでどこかの肥やしにしようかと考えていたら、一足先に注文を終えていたらしかった。すでにメニューを閉じていて、吉澤のメニュー越しにニコニコと眺めていた。
「ユーカは何かおすすめある? 名前は知っているのだけれど、何があるのか知らないもので」
「評判ですとスペシャルバーガーというものらしいよ」
「じゃあそれを頼んでみましょうか。ところで、ユーカさんは何を?」
「私はシンプルに厚焼きバーグバーガーです」
タッチ操作で頼んだ途端に現れるハンバーガーとポテト。のモデル。少し突っついてみればまるでかじったかのような跡がハンバーガーについて、フライドポテトの本数が減った。ちょいと荒っぽい感じはするものの、それなりにできている。
目の前のユーカは本当に美味しそうに食べていた。突っついてモデルの反応を見ているのではなく、言葉が示すとおりかぶりついているのである。バンズや腕に伝う肉汁のなんとおいしそうなこと。分厚いハンバーガーをもりもり食べる姿の気持ちのよいことといったら。
楽しいデートだなあ。
吉澤のぼんやりとした気持ちはいつしか声に出てしまっていた。
ぱくつく彼女が固まったのを見て吉澤は自分が言葉を発したのを知ったのである。徐々に顔を赤らめる彼女のVRモデルが言葉が示す意味を物語った。
「あ、その、すみません、変なことを言ってしまって」
「いや、そんなことありません! 私は、その」
恥じらいで顔を赤らめていたはずだった。戸惑っているかのような言動と共に変化する表情は、しかしどうしてだろう、ちぐはぐな有様になっていた。
紅潮する顔。
あたふたする口。
涙を流す目。
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