三 ほとんどの悪を吐き終えたら⑤
「ねえねえ、これからどこへ行くの? 楽しいところ?」
コンビニで金をおろしていた俺の横で、優子が不思議そうに聞いてきた。
俺は口元に人差し指を当てた。それを見ると優子も同じ動作を繰り返して、にっこりと笑った。好きなお菓子とアイスを買ってやると、優子は両手を振って喜んだ。
イートインに入ると、平日の昼間とあって、コンビニはサラリーマンやオフィスレディで混雑している。席はないかと探していたところ、二人分座っていたらしい会社員風貌の男性が席を譲ってくれたので、俺たちは会釈しながら腰を下ろした。
俺は買った新聞をめくる。
三面記事に、「親に捨てられた少女、何者かに誘拐される」と報道されていた。
俺の顔は割れていないようで、容疑者は一七〇センチ程度の男性としか書かれていない。まあ、黒ずくめにマスク着用で闖入したからバレなくて当然だ。これでバレたらむしろ褒めてやりたい。俺は警察の頼りなさに小さく笑った。
優子の写真もどこにもない。が、そのうち見つけて掲載されるだろうから、この街にも長居はできないだろう。
街の隅のコンビニで、俺はまたひとつ決意を固めた。
「優子、旅に出よう」
【六月十日】
「たび?」
優子は首を傾げた。
「おとうさんとおかあさんみたいに、旅行するってこと?」
俺はコーヒーを飲みながら頷く。
「ああ。これまで経験したことのない、とびっきり楽しいところに行こう。デパートでも遊園地でも、どこでもいい。好きなところに連れていってやろう」
できるだけ長く、優子には夢を見せてやりたい。もしも見つかったら、優子はあの叔父かも分からない輩に引き取られることになる。そうなるよりは、こうして優子の行きたい場所に連れて行ってあげるのがいいだろう。
この生活がどれだけ続けられるかはわからない。身元不詳の俺と優子じゃ、新しく部屋を借りて暮らすというのも難しいだろう。ネカフェなんて使えばそれこそ足がつく。限界は外屋内だろう。なら優子には最後まで夢を見せてやりたい。そして、どうしても逃げられなくなったら、そのときは――。
「楽しいところって、人がいっぱい、いるんだよね」
「いるだろうな。みんな楽しいところに行きたいから、たくさん人が集まる」
「それじゃ、あそこも楽しいところってことなの?」
優子が、窓の外を指さした。俺はその先を見やる。
コンビニの外、高層ビルの下に人だかりができている。誰か有名人でも来ているのだろうか。警察に見つかる心配はあるが、優子が気になるのなら仕方ない。
「何があるんだろうな。行ってみるか」
「うん!」
俺は立ち上がり、優子の手を引きながらコンビニを出た。
そして俺は―その人だかりがどこか異常であることと、それらが見上げているものに気付いた。
「おい……嘘だろ?」
ビルの屋上、柵を越えた狭いスペースに、スーツ姿の女性が立っていた。
見上げる野次馬は、悲鳴混じりに何と言っているか分からない声をかけ続けていた。
まさかそんなことを、と俺は述懐した。
心臓が早鐘を打つ。気付けば俺は、優子の手を離して駆け出していた。
そのまさかは、不意に訪れた。
女性の足が――――ビルから離れる。
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