僕もうちの幹部

 少年は深く息を吸い込んだ。外気温零下三度度。本来なら肌に痛いほどの気温だが、空から落ちてくる柔らかな雪片の美しさはむしろ少年の気持ちを高揚させ、身体の中に熱をおこす。肺に入ったキリリと冷えた空気が、むしろ気持ちいいくらいだ。

 これから一人で、電車に乗り、遠く離れた親戚を訪ねるのだ。

 背負ったリュックの中身は、暖かいスープの入った水筒と、途中でぱくつくお菓子と、母から叔父に渡すようにと言われた母手製の焼菓子に父から受け取った薬草の粉末。少年は仕事中に倒れた叔父の元へ、お見舞いを拝命された使者である。


 叔父の家までは電車を二回乗り換えて二時間。途中、急行と特急を間違えたら任務を遂行できないので、最新の注意が必要。普段歩くか、相棒のはやぶさ一号という、少年のヒットポイントを使って動かすバイサクルか、もしくはせいぜいのところで各駅停車しか能力のなかった自分としては飛躍的レベルアップなのである。


 駅まで向かうのに装備したのは裏に毛のついたもこもこ長靴。それから姉が編んだ帽子。兄のお下がりのジャケット。これに加えてリュックと、今日は新しい手袋もある。ポケットにはなんと特急切符を手に入れた。


 ちゃんと電車を間違えないで、気をつけて。叔父さんに連絡するのよ、宜しくね。

 心配そうに繰り返す母に揚々、行ってくる! と敬礼し、任務遂行に出かけた。



 何故、自分が行くことになったかって?

 父さんは漢方のお医者さんで、今日は患者さんがたくさんで、どうしても病院を抜けられない。母さんは入院の患者さんがだって。二人が行ける時まで待ってもいいけど、両方とも仕事がる。おじさんは平気だと電話で言っていたけれど、二人ともほんとは心配でしょうがないのだ。


 そんな二人を見かねてやれやれ、自分が行くって言ったんだよ。

 兄さんも姉さんも学校と部活で休めないんだから、だって創立記念日で学校休みだし、頼れるのは僕しかいないじゃない?


 末っ子ちびっこ言われてもさ、ちっちゃくてもさ、やっぱりなんで家族なのに僕を頼ってくれないのさ。母さんや父さんまで倒れちゃったらどうするのさ。



 駅が見えてきた。しっかり滑り止めのついた靴の底を思い切り雪に蹴りたてて、少年は駅の構内へ走り入る。


これから電車に乗って、乗り換えて、叔父のところまでいって、マインドレベルもヒットポイントも一気にアップだ。そうしたら兄さんも僕をチビとは言わないし、優しい姉さんはえらいねって。何よりおじさんはいつもみたいに喜んで出てきてくれて、帰ったら父さんと母さんは、次から僕を頼るって言ってくれるんだ。


 僕はおじさんを助けに行く、父さんと母さんの使者である。



 少年は駅の階段を駆け下りて、重いリュックをカタカタ言わせ、新アイテム「特急券」を勢いよく改札に滑り入れる。


 雪の白と少年の吐く息が絡み合い、溶け合う。レベルアップの冒険が幕開けだ。


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