第253話 輸出
廃工場の天井に開いた窓から、月を見ていた。
僕は、
僕以外誰もいない寂しい工場で、ぼんやりとしている。
こうやって充電されていくと、段々と気力が
そのことで、僕がアンドロイドだという事実を実感する。
これがアンドロイドの食事なのだ。
もう僕は、今までみたいにご飯を味わうことができないんだろう。
部員のみんなとの焼き肉パーティーを、素直に楽しむことができないのかもしれない。
僕は人間と一緒に食事をする機能が備わったタイプのアンドロイドで、今まで口にしたモノは、消化してお腹のパウチに溜め込むような仕組みになってたらしい(そこからエネルギーを得られる機能もあるけど、それはまだまだ実験段階で、僕には実装されていない)。
僕はそれを自分で家や部室のトイレに廃棄してたらしいんだけど、その部分の記憶は消されるようにプログラムしたって千木良が言ってた。
こうやって、次々に自分がアンドロイドだって事実を突きつけられて、それを実感してるけど、それほどショックじゃなかった。
僕は、その事実を淡々と受け入れている。
そういえば、まだ僕が厨二病全開だった頃は、自分が人間じゃなくて、宇宙人だとか、悪魔の化身だとか、そんなふうに考えてた気がする。
自分が人間じゃなかったらって、夢想してた。
アンドロイドに厨二病があるのかどうかは、分かんないけど。
だけど、僕が人間でもアンドロイドでも、それほどの違いがあるんだろうか?
僕はアンドロイドなのに、暇さえあれば女子のことばっかり考えてるし。
腕に胸が触っただけで、心臓が飛び出そうなくらいドキドキするし。
最先端の技術の粋を集めたアンドロイドなら、少しは国際情勢に思いを馳せたり、世界平和を考えたりしなくちゃいけないんじゃないだろうか。
月を見上げながら、そんなことを考える。
充電が終わると、僕は椅子から立ち上がって発電機を止めた。
辺りが無音になって、入れ替わりで遠くから車のエンジン音が聞こえてくる。
それに続いて工場の
工場のシャッターが開いて、車が中に入ってくる。
「西脇君!」
車、うらら子先生のランドクルーザーから、女子達が飛び出した。
朝比奈さんと綾駒さん、千木良に柏原さんに滝頭さん。
女子達が僕を囲んでおしくらまんじゅうする。
なんか、僕がアンドロイドだってことが公然とされてから、女子達、いつもより余計にくっついてくる気がする。
なにかを押しつけてくる圧も強い。
みんな、夜に
この廃工場に住んでて、みんなと会うのは五日ぶりだ。
「ほら、私が口で言わなくても抱っこしなさい」
千木良が僕に背中を向けた。
変わらない千木良の態度がなんだか嬉しかった。
僕は千木良を抱っこする。
千木良が僕の腕に、ジグソーパズルのピースみたいにぴったりと収まった。
「お母さんにはバレてない?」
僕は抱っこした千木良に訊く。
千木良はお母さんを裏切って僕を研究棟から逃がしたのだ。
「ええ、当たり前でしょ。私の偽装工作は完璧よ。あんたを連れ出したときの証拠は
千木良が得意げに言った。
「あんたから外したビーコンの信号を定期的に色んなところから出すようにしてるから、ママは見当違いの場所を探してるわ。これで少しは時間を稼げると思う」
柏原さんの「手術」が終わって、僕に着けられていた五つのビーコンは全部撤去されていた。
柏原さんの「手術」のあと、綾駒さんが念入りに僕の肌のケアをしてくれたから、今、僕の肌はピチピチだ。
「さて西脇君」
うらら子先生が真剣な顔で僕に向き直る。
教師のときの、凜とした顔の先生だ。
「あなたを国外へ逃がす算段がついたわ」
うらら子先生が言った。
「そう、ですか……」
「あなたを、
「海外に逃げるんですか?」
「ええ。千木良さんのお母さんの追跡から逃れるには、その方がいいってことになったの。ほとぼりが冷めるまで、この国にはいないほうがいい」
先生が言って、みんなの顔から笑顔の要素が消えた。
「これがあなたの型式証明と、輸出許可書。一旦電源を切って箱詰めすることになるけど、我慢してね」
先生がバインダーに挟んだ書類の束を見せながら言う。
輸出って、ここでもまた一つ僕がアンドロイドだって実感した。
「さっそくだけど、今晩、発ってもらうわ」
「今晩ですか? それは…………急ですね」
「お母さんの手が伸びて、輸出の道が断たれる前にね」
先生はそう言うと、僕の肩に手を置いてギュッと握った。
「大丈夫、きっと上手くいくわ」
「そうだよ。二三年、観光旅行のつもりで世界を転々してくればいいの。そしたらここに帰って来て、また会いましょう」
朝比奈さんが目を
「千木良ちゃん、くれぐれも西脇君を頼んだよ」
綾駒さんが言った。
「千木良先輩、上手くやってくださいね」
滝頭さんが言う。
「あんまり向こうで西脇といちゃいちゃするなよ」
柏原さんが言って千木良のほっぺたを突っつく。
「だだだだだ、誰がこんなヤツと、いちゃいちゃなんかしないわよ! 絶対に!」
千木良が僕の腕の中で暴れる。
頭の天辺から湯気が出そうなくらい顔が真っ赤になった。
んっ?
「あの、えっと、ちょっと分からないんだけど、みんなの話しぶりからして、千木良が僕に着いてくるみたいになってる感じなんだけど」
確かに、みんなは千木良が僕に着いてくるのを前提に話している。
「ええ、もちろんその通りよ」
すると千木良は、抱っこする僕の腕から下りて、先生のランドクルーザーの後部座席のドアを開けた。
中から大きなリュックサックを取り出す。
「さあ、行きましょう」
千木良は、自分より大きそうなそのリュックサックを背負った。
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