第252話 再会

 空っぽの廃工場の中にあるプレハブから、我が「卒業までに彼女作る部」の女子達が飛び出してきた。

 朝比奈さんに綾駒さんに柏原さんに滝頭さん。

 みんなが僕を囲んで、おしくらまんじゅうみたいになる。

 甘い香りと、柔らかい感触で頭がぼーっとした。

 このおしくらまんじゅうの中は、懐かしくて、そしてすごく落ち着く場所だ。



「無事で良かった」

 僕の右腕をギュッと両手で握っている朝比奈さんが言った。

「変なことされなかった?」

 僕の左腕を胸で抱いている綾駒さんが訊く。

「先輩は、やっぱり私の先輩です」

 背中にすがり付いている滝頭さんが言った。

「おかえり」

 そんな僕達全体を、体が大きな柏原さんがまとめで抱く。


 夜が明けて、工場の曇った窓から柔らかい朝日が差し込んできた。

 教会のステンドグラスから降り注ぐみたいな、神々しい光だ。




「西脇君、本当にごめんなさいね」

 再会の抱擁ほうようも落ち着いたところで、うらら子先生が言う。


「だけど信じて、私達はあなたをだましてやろうとか、千木良さんのお母さんに出された条件に乗って、打算的に演技してたとか、そんなんじゃないの」

 うらら子先生が眉尻を下げて言った。

 夜通し車を運転したうらら子先生のシャツの襟は、くたくたになっている。

 いつもビシッと決めてる髪も、後れ毛が出ていた。


「僕もみんなも、西脇に興味があったからこの提案を受けたんだ」

 柏原さんが言って、みんなが頷く。


「最初はみんなアンドロイドの男の子への興味から加わったんだけど、西脇君と一緒に過ごしてるうちに、もう、そんなのどうでもよくなったっていうか、普通に楽しくて、一人の人間の男の子として付き合ってた。部活の時間、あの部室にいる時間が私達には貴重だった。それは信じて」

 綾駒さんが潤んだ目で言った。


「私、西脇君のこと、本当の男の子のつもりで接してたから。私、男の子とお付き合いしたことがないから、本当の男の子と付き合うのって、どういうことか、まだ分からない。でも、私に告白してくれて、初めて好きになった男の子は、西脇君だから」

 朝比奈さんが言う。


 朝比奈さんに好きになったとか言われて、一瞬クラッとした。

 目の前が真っ白になった。

 アンドロイドにも、目眩めまいとかあるんだろうか。



「うん、大丈夫。分かってるから」

 僕は言った。

 僕を囲んで見詰めるみんなの目は、嘘を言ってるようには思えなかった。

 それは、今までの態度からだって分かる。


 それに、こうやってみんなで千木良のお母さんのところから逃がしてくれたことからしても、本心なんだろう。

 みんな、それなりにリスクを負ってるんだろうし。



「分かってるから」

 僕が言うと、みんなの目がうるうるになった。

 みんなを安心させるために言ったけど、その実、僕はまだ気持ちの整理がついていない。

 僕は、まだ自分がアンドロイドだったとか、その事実だって受け入れられていないのだ。

 まだそんな実感がない。

 みんなが笑いながら、「ドッキリでした」って言うんじゃないかって、まだ、どこかで思っている。



「それで、これからですけど……」

 逃げてきたはいいけど、これからどうするんだろう?

 部室は取り壊されたみたいだし、僕の家もないんだろうし、もう、以前のような生活には戻れない。


「ひとまずここにいなさい。その間に私達で逃げる手配をするから。ここは柏原さんのお父さんの知り合いの工場だった場所で、もう今は使ってないから自由に使っていいらしいの」

 うらら子先生が言って、柏原さんが頷く。


「逃げるんですか?」


「このままママのところにいたら、あんたはバラバラに分解されて、頭の中もいじくり回されて、散々見世物にされた上に、博物館にでも入れられちゃうのよ。だから逃げなさい」

 千木良が言った。

 研究棟からの脱出劇でずっと起きている千木良は、眠たそうな目をしている。


「西脇君が一人の男の子として、人にまぎれて普通に暮らしていけるような場所を見付けるわ」

 先生が僕の肩に手を置いて言った。


 人に紛れて一人の男として暮らす。


 そうなると、また、みんなと別れることになるんだろうか……




「よし、とりあえず服を脱げ」

 柏原さんが言った。

 僕の前に立って、指を鳴らす柏原さん。


 えっ? いや、そんな。


 確かに僕としばらく会えなくて、なんていうか、僕を恋しいというか、溜まるものがあったのかもしれないけど、いきなり服を脱げとか、それは、どうなんだろう?

 確かに僕はアンドロイドだけど、男の子なんだし。

 こっちにも、心の準備が必要っていうか。

 いや、別に嫌だとか、そういうわけじゃないんだけど。

 むしろ歓迎だけど。

 大歓迎。


「なに勘違いしてるんだ。体に埋め込まれた追跡ビーコンを外すんだ。いつまでもそんな分厚いパーカーを着てるのは嫌だろう?」

 眉を寄せて言う柏原さん。


 ああ、そういうことか……


「やっぱり、エッチなところとか、普通の男子ですよね」

 滝頭さんが言って、みんなが笑う。



 僕達は工場内のプレハブ小屋に入った。

 その中に、銀色のシートで囲まれた一角がある。

 多分、ビーコンが発する電波を妨害するためのテントなんだろう。


 柏原さんと一緒にテントの中に入ると、真ん中に作業台が置いてあった。

 作業台を囲むように様々な工具が並んでいる。


 僕はパーカーを脱いで、上半身裸になって作業台に仰向けに横たわる。


「痛くしないでください」

 僕が言うと、

「バカ……」

 柏原さんが人差し指で僕のおでこを突いた。


 僕は、柏原さんに身を預ける。


 柏原さんに腕を外されながら、やっぱり僕はアンドロイドだったんだって思った。

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