第247話 産地

 眼下の風景がみるみる流れていった。


 僕は、民間用のティルトローター機、AW609に乗っている。

 その柔らかい座席に身を沈めて、流れる風景を眺めていた。


 客室には、僕と千木良、そして千木良のお母さんとその秘書さんの四人がいる。

 機内で僕は、千木良のお母さんと向かい合って座っていた。

 千木良は僕の隣の席に座って、さっきからずっと黙ったままだ。


 お母さんと一緒にいられるっていうのに、今日の千木良はなんだか元気がない。

 試しに脇腹をくすぐってみたり、お母さんの目を盗んでスカートをめくったりしたけど、無反応だった。


 千木良、お母さんが近くにいて、照れてるんだろうか?



 僕達は、東京アンドロイドオリンピックが行われていた会場から、千木良のお母さんの会社の工場に向かっていた。

 オリンピックのあと、お母さんに「後学のためにうちの工場を見学しない?」って訊かれて、僕は一も二もなく誘いに乗った。

 こうして千木良と一緒に、工場の視察に行くお母さんのティルトローター機に便乗している。


 優雅な空の旅だ。


 他の部員とうらら子先生は、先に帰った。

 先生は仕事の予定が詰まってたし、女子達も、合宿やオリンピックで長いこと家に帰ってないから、久しぶりに親御さんに顔を見せないとマズいらしい(それに、朝比奈さんと綾駒さん、烏丸さんは受験生だし。まあ、僕もだけど)。


「元気でね」

 別れるとき、朝比奈さんはそんなふうに言って僕を見送った。




 東京湾上の競技場から工場までは一時間かからなかった。

 整然と数十棟の建屋が並ぶ工場が眼下に見えてくる。

 トラックのターミナルがあったり、発電施設があったり、薬品精製のプラントがあったり、体育館や運動場があったり、それだけで一つの町を形成してるような、大規模な工場だった。


 僕達を乗せたティルトローター機は、両翼のプロペラを上に向けて、ふわりとヘリポートに着陸する。


 ヘリポートの脇では、初老の工場長と数十人の大人が待っていて、千木良のお母さんに深く頭を下げた。

 その人達は緊張して、表情が強張こわばっている。


 僕達は気軽に接してるけど、千木良のお母さんは、大人の人達の背筋を伸ばさせるような権力を持った人なのだ。

 それを目の当たりにする。



 工場長がお母さんを案内する後ろを、僕と千木良もついて歩いた。

 千木良が無言で手を伸ばしてくるから、僕はいつものように抱っこする。

 千木良が僕に抱きつく力が、いつもより強い気がした。


 清潔で床にちり一つ落ちてないって感じの工場内では、無数の産業用ロボットが黙々と動いている。

 ロボットの間を、天井のレールに吊されたアンドロイドの骨格がゆっくりと流れていた。

 進む毎に部品を取り付けられて骨格が完成していく。

 チタンとカーボンのハイブリッドな骨格。

 その産業用ロボットに部品を届けるのも、車輪が付いた小さなロボットが担当していた。


 機械が機械を作っている。


 僕達が香を全部手作業で組み立てたのとは大違いで、作業する人の姿は殆どなかった。

 そういえば、工場長以下、千木良のお母さんに着いて歩く人達は全部スーツ姿だから、この工場には作業員の人はあまりいないのかもしれない。


 骨格が出来上がったアンドロイドには、皮膚の基礎になる格子こうし状のまくが張られて、皮膚を培養ばいようする液体の中に浸けられていった。

 ピンクの液体の中をゆっくりと進むうちに、段々と皮膚が出来て、人の姿になっていく。

 皮膚が出来上がったアンドロイドは、丸裸のまま洗浄液で洗われて、植毛装置に進んだ。

 ミシンのお化けみたいな機械がガチャガチャ音を立てながら頭に髪を植えていく。

 見ていてあんまり気持ちいいものではなかった。


 こんなふうにたくさんのアンドロイドが送り出されてるんだから、きっと、世の中には僕が想像する以上にアンドロイドで溢れてるんだろうと思う。

 登下校時に、何体ものアンドロイドと知らないうちにすれ違ってるのかもしれない。

 案外身近な人物がアンドロイドだとか。



 視察をしながらお母さんが工場長に幾つか質問をして、工場長がそれに答えた。

 お母さんの質問が相当鋭いらしく、工場長が答えられずに周りの大人達が数人掛かりで答えることもあった。


 仕事をしているお母さんの横顔はカッコいい。

 臆することなく、視線だけで大勢を操っていた。


 僕が抱っこしてる千木良もお母さんの跡を継いでこんなカッコイイ女性になるんだろうか、とか、そんなことを考える。




「それじゃあ、研究棟の方にも行ってみましょうか」

 千木良のお母さんが言う。


「いいんですか?」

 僕は訊き返した。


「ええ、見せたいモノがあるの」


 研究棟っていったら、会社の重要機密が詰まった場所のはずだ。

 そんな場所を僕なんかに見せていいんだろうか?

 まだ世に出てないアンドロイドとか、新しい機能とかを見ちゃうかもしれない。

 そんなところに立ち入っていいのか。


 まあ、別に僕はそこで見聞きしたことを他所でベラベラしゃべったりはしないけど。




 研究棟は、工場から少し離れた森の中にあった。

 歩いて行くには遠すぎて、自動運転のカートに乗ってそこまで移動する。

 お付きの人達が外れて、カートには僕と千木良とお母さんだけが乗った。


 カートで10分くらいして辿り着いた研究棟は、大きな豆腐みたいなただの白い直方体の建物で、普通のビル五階建て分くらいの高さがあった。

 それだけ大きな建物なのに、窓が一つもない。


 車寄せでカートを降りて、入り口らしい豆腐の切り欠き部分に入った。

 ステンレスの分厚い扉の前に立つと、ドアが自動で開く。

 ドアから真っ直ぐ奥に廊下が続いていた。

 お母さんが、奥に向かって歩いていく。

 僕も千木良を抱いたまま、お母さんに続いて廊下を歩いた。

 ピカピカに磨かれた大理石の廊下に、お母さんのヒールの音がカツカツと小気味よく響く。


 フリーパスに見えて、監視カメラで何重にもチェックされてるに違いない。

 お母さんと一緒じゃなかったら絶対に入ることが出来なかった場所だ。



 廊下の両側、ガラス張りの研究室の中では、たくさんの白衣の人達がアンドロイドと共にいた。

 骨格剥き出しだったり、人間と変わらない容姿のアンドロイド達。

 アンドロイド達は、作業台の上でメンテナンスされたり、測定器の上に乗ってなにかのチェックをされたりしている。


 しーちゃんと同じ顔をしたアンドロイドも何体かいた。

 しーちゃん型を、量産に向けてテストしてるのかもしれない。



「こっちよ」

 僕が研究室を覗いてたら、廊下の先でお母さんが言った。

「はい」

 僕は急いでお母さんに追いつく。


 廊下の突き当たりがエレベーターになっていて、僕達はそれに乗った。

 箱全体がぼーっと白く光るエレベーターは、静かすぎて動いてるのか止まってるのか分からなかった。

 階数表示が地下に向けて進んでるから、多分、地下に潜ってるんだと思う。


 やがて地下五階の表示のところで扉が開いた。

 外は真っ暗だったけど、僕達がエレベーターから降りると照明がついて明るくなる。


 そこにはワンフロアすべてをぶち抜いたような広い空間があった。

 バスケットコートなら八面くらいは取れる広さだ。


 所々に雑多にモノが置いてあって、倉庫かと思った。

 テーブルの上に本が山積みになってたり、ノートパソコンが何台も重ねてあったり。

 工場でみたような産業用ロボットもあるし、皮膚を培養する小型のタンクもある。

 旋盤とか、柏原さんが持ってるような工具もたくさんあるし、会社の船で見た手術台みたいなベッドもあった。


 そして、どういうわけか、映画とかドラマで使うみたいな、民家を模したセットもある。

 リビングの他に、キッチンとかバスルームも作ってる本格的なものだ。


「どう? 懐かしいでしょ?」

 お母さんが僕に訊いた。


「えっ?」


「ここが、あなたが生まれた場所なのよ」

 千木良のお母さんが、そんなことを言う。

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