第246話 エスコート
夜空に花火が上がった。
海上で打ち上げられた無数の花火が、競技場の空を
辺りが昼間のように明るくなって、バルコニーにいる女子達の顔がはっきりと見えた。
みんな、満足げな顔をしている。
疲れてまったりはしてたけど、やり切ったっていう安心した顔をしていた。
競技場を囲むスタンドからは、拍手と歓声が絶え間なく続いている。
それは全部、ステージ上の香に向けられていた。
純白のレオタードに、シフォンの巻きスカートの香。
香は歓声に手を振って応える。
ぴょんぴょん跳ねながら、体全体を使って、喜びが収まらないって感じで手を振った。
最終種目で香が100点満点を出したあと、最終競技者としてパフォーマンスを披露したしーちゃんの得点は、98点だった。
「自分」っていうテーマに対して、しーちゃんは自分が作られてからここに至るまでの日々をミュージカル形式で表現した。
作られたばかりでまだ何も分からない自分から、研究室での訓練の日々、人間の行動から学ぶ毎日、千木良のお母さんについて世界を回ったこと、そして、中には香や僕達との出会いも表現されていた。
歌とダンス、そして、感情豊かな演技は見ていて引き込まれたし、観客も魅了してたけど、香には僅かに及ばなかった。
その結果、総合得点で香がしーちゃんを抜いて金メダル。
本当に金メダルを取ったのだ。
僕達はホントに金メダルを取った。
ステージ中央の表彰台で、香は文部科学大臣から首に金メダルを掛けられる。
白髪でグレーのスーツの大臣と固く握手をして、囲んだ大勢のカメラマンからフラッシュを浴びせられた。
香の胸の上で、メダルは重々しく
メダル授与のセレモニーが終わって、ようやく香が僕達の元へ帰ってきた。
帰ってきた香を、女子達が無言で囲む。
香も、感極まったって感じで無言だった。
アンドロイドの香にも感極まるって感覚があるんだな、とか思った。
部員のみんなが香と抱き合って、涙を流して喜び合う。
絶対に涙を見せないって感じの柏原さんまで、大粒の涙を流していた。
女子の嬉し涙って、こんなに綺麗なものなんだって思った。
僕は、これを見られるならなんだって出来ると思った。
「ほら、馨君もおいで」
香が僕の手を引っ張る。
うらら子先生が僕の背中を押して、女子達の中に引きずり込まれた。
女子達におしくらまんじゅうされてる中は、いい匂いだし、どこまでも柔らかい。
「ねえ、これからの閉会式にメダリストのエキシビションがあるんだけど、馨君、私を作ってくれた王子様として、私をエスコートして」
突然、香がそんなことを言い出した。
「エキシビションでは馨君も一緒に踊ろう。私は社交ダンスみたいに優雅に踊ろうと思ってるから、馨君が相手役になって」
香が続ける。
「無理無理無理無理無理無理無理無理! ダンスとか、絶対に出来ないし!」
大勢の人の前に出て香をエスコートするのだって恥ずかしいのに、ダンスとか、ハードルが高すぎる。
僕はリズム感ないし、元々運動神経ないし。
「大丈夫、向き合って手を取ってくれてるだけで、私がリードするから」
香が言う。
「それでも絶対に無理だから!」
僕はきっぱりと断った。
だけど、うちの部の女子達がそんなの許してくれるわけもなく…………
「ほら西脇君、これを着なさい」
うらら子先生がガーメントケースを差し出す。
開けてみると、中にタキシードが入っていた。
「こんなこともあるだろうと思って、持ってきてたの」
先生が言う。
いや、こんなこともあるだろうって、先生、どんなことがあるって思ってたんだ…………
先生は、僕のタキシードだけじゃなくて、香用のドレスも用意していた。
アイスブルーのキラキラ光る涼やかなドレスだ。
最後まで抵抗したんだけど、女子達になかば服を脱がされるようにして着替えさせられた(実際、パンツ一枚にされたし)。
鏡を見たけど、僕のタキシード姿って、どう見ても着せられた感しかない。
完全に服が歩いてる感じで、みんなニヤニヤしながら僕を見ている。
「さあ、しっかり香ちゃんをエスコートしてあげてね」
最後に朝比奈さんが蝶ネクタイを直してくれた。
僕と香は、閉会式に送り出される。
競技を終えたすべてのアンドロイドが入場して、閉会式が始まった。
集団行動のときのアンドロイドが、振り袖みたいな衣装を着て出てきて、トラックを行進しながら自由なダンスをする。
閉会式っていうより、大勢のアンドロイドとかドローンを使った壮大なショーだ。
日が落ちて、光の演出も加わって、競技場は無数の星をちりばめたみたいにきらめく。
こんなことでもなければ楽しめたんだろうけど、僕はそれを、入場口の脇で緊張しながら見ていた。
「それでは、只今より、十種競技のメダリストによるエキシビジョンの演技を披露して頂きます」
競技場にアナウンスがあって、一度照明が落ちた。
真っ暗な中で香にスポットライトが当たって、観客の声援が一段と大きくなる。
僕は、香の手を取って、入場口からステージの中央までエスコートした。
観客が見てるのは僕じゃなくて香だって分かってるのに、緊張で手と足が一緒に出てしまう。
ステージの真ん中まで香をエスコートして、そこで一礼した。
香が四方向に順番に頭を下げて、僕もそれに倣う。
スタンドの観客がスタンディングオベーションしてくれるなか、僕達は向かい合って、お互いに手を取り合った。
音楽が流れ出す。
香が、大丈夫、って感じで頷く。
あとは全部、香に従った。
香の目を見てると、香が手にそっと力を込めて僕の動く方向を示してくれる。
それに従ってたら、なぜだか踊れてしまった。
初めてのステップもこなせたし、香をリフトして空中に持ち上げたり、アクロバティックな動きも出来てしまう。
たぶん、香のリードが上手かったんだと思う。
目で僕を操ってくれたのだ。
しーちゃんと、銅メダルの選手が、二人で僕達を盛りたてるように周りで踊ってくれた。
メダリスト三人にまじって、僕もなんとか役目をこなせた。
演技を終えたところで照明が消えて、それを待っていたように花火が上がる。
夏が終わるのを惜しむみたいに、日本中の花火の在庫を使い果たすみたいに、盛大な花火が上がった。
東京アンドロイドオリンピックは、こんなふうに盛り上がったまますべてのプログラムが終わる。
「さあ、みなさん。今夜は思う存分楽しんでください」
すべてが終わって宿舎の船に帰ると、甲板の上がパーティー会場になっていた。
千木良のお母さんが、しーちゃんのスタッフや僕達の労をねぎらうために
マストや甲板がライトアップされていて、たくさんのテーブルの上に溢れんばかりのご馳走が載っていた。
和食、洋食を問わず、うちの部の肉食系女子達を満足させるのに十分な肉料理も満載。
甲板にシェフの人達がいて、その場で料理している。
「これなら、足りなくなるなんてことはないわね」
うらら子先生が舌なめずりした。
ビールにワインに日本酒、焼酎、ウイスキー。
先生の好物も揃っていた。
船は、ゆっくりと動いて夜の海に乗り出す。
東京湾をクルーズしながらの打ち上げパーティーだ。
みんなとお腹一杯、ご馳走を頬張っていると、千木良のお母さんがフランクに僕達の輪の中に入ってきた。
「あなた達、本当によくやったわ」
お母さんが言う。
しーちゃんが金メダルを取れなかったのに、お母さんは僕達に優しかった。
自分のことのように喜んでくれる。
これも、大企業を率いる人の器だろうか。
「里緒奈ちゃん、お母さん、本当にあなたが誇らしいわ」
お母さんが言うと、千木良は僕の懐から飛び降りて、「ママー!」って、お母さんに抱きつく。
周りの目を気にしないで、お母さんに甘えた。
ツンツンしてる千木良もいいけど、僕はやっぱりこっちの千木良が好きだ。
僕達は、朝まで飲んだり食べたり、歌ったり踊ったりした。
夜明けまで続いた宴で、部屋に戻るとみんなで雑魚寝になる。
なぜかみんな、僕の部屋に集まった。
きっと、お昼頃目を覚ましたら、僕は朝比奈さんと綾駒さんに挟まれてて、千木良のお尻の下にいるんだろう。
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