第232話 見上げるグリーン

 午後からの残り9ラウンド、香はしーちゃんとちまちゃんを含めた最終組になった。


 8ホールでイーグル、1つのホールでホールインワンを出したしーちゃんが1位でーで19アンダー。

 すべてのホールでイーグルのちまちゃんが18アンダーで2位。

 そして、7つのホールでイーグル、2つのホールでパーだった香が、16アンダーで3位だ。


 午後の9ホールは、午前中回ったコースをもう一度繰り返すことになる。



「しーちゃん、一緒に回れるね」

 10ホール目、もう一度渋谷に戻ってきた僕達。

 香としーちゃんが、スクランブル交差点のティーグラウンドで手を取って喜び合っている。

 お姉さんみたいなしーちゃんと香は、仲良し姉妹のようだ。



 そんな中でびっくりしたのは、しーちゃんについたキャディーさんだった。

 午後からは、CEOである千木良のお母さんが直々にキャディーを務めるべく、ここに来ている。

 ティーグラウンドに上がったお母さんが、しーちゃんと一緒に紹介された。


 上品な紺のゴルフウエアに、白いタイトスカートのお母さん。

 175㎝の高い身長にすらっとしたスタイルで、そのまま女子プロゴルフの選手に見える。

「お互いに頑張りましょう」

 しーちゃんの肩に手を置いたお母さんが、僕に優しく笑いかけてくれた。

 余裕がある大人の笑顔だ。


 控えめに言って、説教されたい。

 もっとしっかりしなさいって、怒られたかった。


「あんた、なにニヤニヤしてるのよ。絶対に勝つわよ」

 ヘッドセットから、千木良の声が聞こえる。


「ママに勝って、認めてもらうんだから」

 いつも以上に強い口調で言う千木良。

 千木良は、普段あまり一緒にいられないお母さんに、自分のこと見てもらいたいって、必死なんだろう。

 お母さんが直々に出てきたこの場所で、なんとしても良いところを見せたいのだ。


「あんた、香が勝てるようにちゃんとアドバイスしなさいよ。もし、ここでC4に勝てたら、なんでもしてあげるわ」

 千木良が続ける。


 ん?

 今、なんでもするって…………


 負けられない戦いが始まった。


 千木良から言質を取った。

 なんでもさせられるのだ。

 ここは、絶対に勝たないとならない。


 でも安心してほしい。

 いくらなんでもしてくれるって言っても、千木良は幼女なんだし、僕は、たとえ勝てたとしても、変な要求をしたりするつもりはない。


 絶対にない。


 僕は常識人なんだし、幼女にあんなことやこんなことを要求するような、そんなゲスな人間ではないのだ。

 せいぜい、千木良に猫耳カチューシャをつけさせて、一日中語尾ににゃんをつけるとか、メイド服を着せて一日中こき使うとか、その程度の軽い要求しかしない。


 たぶん。



 午前中に一度経験している渋谷のコース。


「さっきの一打に補正を入れて、今度は絶対ホールインワンをとるよ」

 香が、得意げに宣言する。


 順番が回ってくると、香はさっきと同じように某1○9の円筒形の建物に向けてボールを打ち出した。

 ボールはビルの合間を跳ね回って、狭い駐車場に作られたグリーンに乗ると、言葉通りそのままカップに吸い込まれた。


 僕と香は、ハイタッチで喜び合う。


 次のちまちゃんは、ワンオンに成功したものの、カップまで届かずにイーグル。

 最後に打ったしーちゃんは、ビル越えの一打をそのまま入れて、香と同じ、ホールインワンをとった。


 10番ホールを終えて、しーちゃんが、-22、ちまちゃん-20、香が-19のスコア。

 順位は変わらず、僕達は11番ホールの新宿に向かう。



 新宿のコースに向かう選手用のバスに乗ろうとしたら、いきなり、小さな手が僕の手を取った。


「にーに、おててつないでいい?」

 小首を傾げて言うのは、ちまちゃんだ。

 セーラーカラーのゴルフウエアに身を包んで、ツインテールを揺らすちまちゃん。

 そのちまちゃんが、つぶらな瞳を僕に向けて手を差し伸べてくる。


「う、うん。いいよ」

 僕は答えた。

 ちまちゃんから「にーに」って呼ばれてドキッとした。

 言葉が詰まってしまった。

 僕がロリコンだったら、ヤバいところだった。


「あんた、惑わされてるんじゃわいわよ」

 ヘッドセットから千木良の声が聞こえる。


「そんなのハニートラップに決まってるでしょ。むこうは、あんたがロリコンだってこと掴んでるのよ。そのアンドロイドがあんたを懐柔かいじゅうしようって魂胆こんたんよ」

 千木良がそんなことを言う。

 だから、僕がロリコンだとか、そんな風評被害はやめてほしい。

 ハニトラとか言うけど、ちまちゃんは、「ほえ?」って、至ってイノセントな顔をしていた。


「まったく、このロリコンは油断も隙もないんだから」

 千木良が言って、ヘッドセットから風の流れを感じるくらい長いため息をつく。




 11番ホールの新宿は、392ヤードのパー4。

 ティーグラウンドは新宿中央公園の芝生の中にあって、グリーンは東京都庁の屋上のヘリポートに設置されている、超打ち上げコースだ。



 公園には大勢のギャラリーが集まっていて、ティーグラウンドの周囲は賑やかだった。


 午前中も一度このコースを回ったけど、ここではしーちゃんでさえイーグルがやっとだった。

 香も、なんとか一打でグリーンに乗せたけど、ギリギリ乗った感じで、カップを狙うなんて問題外だった。


 東京都庁の高さ243メートルを打ち上げるコースで、気まぐれな風が建物の周囲を渦巻いてるから、とても計算なんか出来ないらしい。


 香の前の組の選手が次々に打つけど、グリーンに乗せられるのは各組で1人いればいい方。

 ほとんどの選手が、ヘリポートのグリーンに届かずに打数を重ねた。



「ここでホールインワンをとって、一打でもしーちゃんとの差を縮めたいけど、無理かな?」

 香が、都庁を見上げながら言う。

 雲一つない青空にそそり立つ都庁。


「うーん」

 しーちゃんやちまちゃんでさえ苦戦するコースだから、ここが攻略出来たら香にはチャンスだ。

 渋谷で香がピンボールみたいなボールを打ったみたいに、なにかいいアイディアはないだろうか。


 気まぐれなビル風に負けないで狙い澄ましたショットを打てる方法が……


 僕は、ない頭をフル回転させて、なにか妙案がないか考える。



 立っているだけでも汗が噴き出す暑さでくらくらした。

 僕はうちわで香に風を送る。

 辺りは歓声と蝉の声で満ちていた。



「あっ!」

 そのとき、僕の頭に一つのアイディアが浮かんだ。

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