第220話 決戦の地

 僕達が乗ったティルトローター機、AW609が旋回せんかいしている。

 千木良のお母さんが僕達のために用意してくれた機体が、東京アンドロイドオリンピックが開かれる競技場の上をぐるぐる回った。


 東京湾上に、400メートルトラックを中心にした、楕円形だえんけいの競技場が浮かんでいる。

 隣りに見える某「夢の国」もすごいけど、海の上に突如とつじょ浮かんでいる競技場の姿も、相当不思議だった。

 この競技場は、メガフロートっていう浮体式の人工島の上にできてるらしい。


「なんか、実感がわいてきたね」

 機内で僕の隣りに座った綾駒さんが言う(僕はいつも通り、朝比奈さんと綾駒さんに挟まれている)。


「ここで走り回りたいな」

 柏原さんが言って、烏丸さんが頷いた。


 やがて、ティルトローター機は旋回を止めると、競技場のすぐそばに浮かんでいる大きな船の上で、翼端の二つの回転翼を上に向けた。

 航空機モードからヘリコプターモードに変わって、ゆっくりと降りてゆく。

 船は、ヘリポートを備えた大きなクルーザーだ。

 いや、クルーザーっていうより、もう、一隻の客船ってくらいの大きさがあった。


 僕達が乗ってきたこの機体は、そのまま船のヘリポートに着陸するみたいだ。

 部室からここまで、あっという間の空旅だった。


 競技場に横付けされたように停泊しているこの船は、千木良のお母さんの会社「ヘカトンケイレス・システムズ」のオリンピックチームの宿舎で、アンドロイドのC4こと「しーちゃん」や、技術者の前線基地でもある。

 僕達「卒業までに彼女作る部」は、千木良のつてで、ここに間借りさせてもらうことになっていた。


 ティルトローター機は、ゆっくりと高度を落として、船尾にあるヘリポートに着陸する。

 僕達が降りて荷物を運び出すと、機体はすぐに飛び立っていった。



 甲板に紺色のスーツ姿の女性が出てきて僕達を迎えてくれる。

「はじめまして、私、石野と申します。会長から、みなさんのお世話を仰せつかりました」

 丁寧に頭を下げる石野さん。

 うらら子先生と同じくらいの年恰好で、凜々しい目付きの、いかにも仕事が出来そうな女性だった。

 彼女は千木良のお母さんの秘書の一人らしい。


「どうも、お世話になります」

 僕が頭を下げて、みんなが続いた。


「ママは?」

 千木良が訊く。

「会長は、まだこちらにお見えになっていません」

 石野さんが答えた。

「そうなんだ」

 千木良がちょっと寂しそうな顔をする。


 そのまま石野さんが僕達を船室に案内してくれた。


 すでに部屋割りがされていて、二人部屋に、朝比奈さんと綾駒さん、柏原さんと烏丸さん、滝頭さんとうらら子先生が同室になった。


 一人だけ男子の僕は、一部屋に一人だけの割り振りだ。


「ちょっと、これ、どういうこと?」

 そこに綾駒さんが噛みついた。

「そうね。千木良さんの割り当てがないけど」

 うらら子先生も言う。


「もしかしたら、千木良ちゃん、西脇君の部屋で一緒になろうっていう魂胆こんたん?」

 烏丸さんが訊いた。


「それは駄目です! 西脇先輩みたいな重度のロリコンと千木良先輩を一緒にするなんて、わにおりにひよこを投げ込むようなものです!」

 滝頭さんが言った。

 滝頭さん、僕のこと、重度のロリコンとか言わないでほしい。

 それに、そのたとえがひどいと思うんだけど。


「もう! ちがうわよ! 私はこいつの部屋で一緒に、なんて考えてないわ!」

 千木良がぶんぶん首を振った。


「じゃあ、千木良はどうするんだ?」

 柏原さんが訊く。


「わ、私は、ママが来るから、ママと、その、一緒の部屋で……」

 千木良は下を向いてもじもじしながら言った。


「ああ……」


 千木良は、久しぶりにお母さんに会うのだ。

 合宿に入る前からも、忙しいお母さんとはすれ違いが多くて中々会えなかった千木良。


「千木良ちゃん、お母さんに思いっきり甘えてきてね」

 朝比奈さんが膝を折って、千木良の顔を見ながら言った。


「言われなくても甘えてくるし」

 千木良が口をとがらせる。

 千木良が朝比奈さんに生意気な口をきいたから、僕はとりあえずその脇腹をくすぐっておいた。



 僕達は、それぞれの部屋に荷物を置きにいく。


 用意してもらった部屋は、地上のホテルにも劣らない豪華な内装だった。

 船だから広さこそないけど、ふかふかのベッドにソファー、机にテレビ、冷蔵庫なんかが一通りそろってるし、バスルームのアメニティーの充実ぶりがハンパない。

 窓側には小さなテラスもあって、そこからすぐ大海が見渡せるのは、船ならではの光景だった。

 数日間、こんな環境で過ごせるのは、千木良様々だ。



 荷物を置いたあと、僕達は秘書の石野さんに案内してもらって、船内を見て回った。

 50人くらい入れる広い食堂に、グランドピアノがある広いラウンジ。

 小さな映画館やトレーニングルーム。

 売店や図書室、大浴場なんかもあった。

 船の前部の甲板には、プールまである。


 もちろん、各種の工具や工作機械を揃えた工作室や、アンドロイド用のハンガー、測定機器もあって、それがこの船の主目的だ。


「ここの工具や工作機械は、自由に使ってください」

 石野さんが言ってくれた。

 高そうな工具を前に、柏原さんが目を輝かせる。



 そんなふうに船内を回ってたら、遠くから連続的な破裂音が聞こえてきた。

「里緒奈お嬢様、会長がいらしたようですよ」

 石野さんが千木良に微笑みかける。


 僕達は急いで甲板のヘリポートへ向かった。


 僕達が甲板に出ると同時に、一機のヘリコプターが船体に着艦する。

 ティルトローター機と同じ、ネイビーのヘリコプターが降りてドアが開いた。


 まだローターが回っている中で、千木良のお母さんと、しーちゃんが降りてくる。

 パリッとした白いパンツスーツのお母さんに、同じように白いワンピースのしーちゃん。


「ママ!」

 千木良が僕の懐から降りて駆けだした。

 そのまま、お母さんに抱きつく。

 千木良がぎゅっとお母さんを抱きしめて、お母さんも千木良を大事そうに抱いた。


 お母さんの前では、千木良も実年齢らしい千木良だ。

 僕は断じてロリコンじゃないけど、その微笑ましい光景には、頬が緩んでしまう。


「香ちゃん!」

 しーちゃんが手を振って、香がしーちゃんの前に進み出た。

 二人も手を繋いで久しぶりの再会を喜んでいる。



 いよいよ、決戦の地に降り立った。

 微笑ましい光景を見ながら、僕もなんだか武者震いがしてくる。


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